第14章 劣情に溺れゆくのを
まさか、まさか。上鳴と私の関係を疑って、妬いているのだろうかなんて有り得ない期待が胸中に沸き起こる。
「……私、恋人なんて久しくいませんし」
「じゃあ、それ……」
横目でじとりと私を見やる先生は、開いていた口を閉じて。言いかけた言葉の先を促すように声を掛ける。
「なんですか?」
「……いや、なんでもない。帰る」
続きを言わないで帰ろうと立ち上がる先生の腕を掴んで引き寄せる。ここまできて、期待させて、何もしないで帰るつもりなのか。期待したのはこちらの勝手だけれど、で、それでも。
「今日、は、……っ抱いて、くれないんですか」
先生の息を呑む音が、部屋に響く。
言った言葉を理解した時には掴んだはずの腕が逆に掴まれて。ああ、本当に、存外に酔っていたらしい。こんなことを口走ってしまうくらいには。何も考えずに口から出た言葉に、自身の本音を垣間見て。そうだ、私は先生に抱かれたいのだ、なんだっていいから。
「水分、お前……」
「ねぇ、せんせ」
私を見下ろすその瞳に身体中を駆け巡る熱を訴えて、そろりと優しく先生の脚を撫で上げる。
「先生、お願い……」
お願いだから、先生をください。愛などくれなくていいから、そんなものは望まないから。ただ欲を発散して、ただその体の熱を分け合ってくれれば、それだけでいいから。
「水分、」
熱の篭った声で私を呼んだその唇が、私の唇に重なった。
なんで、どうして、そんな言葉も口に出来ないほどの貪るような口付け。今まで一度もしてくれなかった、拒みさえしたキスを。どうして今日は。
二人分の重みを身に受けて沈むソファよりも深く、私の心は沈みこんでいく。
この人は、一体どこまで私を溺れさせる気なのだろう。望んで沈みゆくその劣情に身を委ねながら心の中で涙を流す。
私を喰らわんとばかりに与えられる口付けが、この関係の終わりを示唆しているようで。少しかさつく先生の唇を忘れてたまるかと記憶に刻み込むように、夢中でその口付けに応える。
ああ、哀しくて、幸せだ。
立ち直れないほど深く傷付けて、もう望みなど持てないほどに。