第14章 劣情に溺れゆくのを
「おわっ、とと……」
私の住むマンションの前に止まったタクシーを降りる、その足が縺れる。やっぱり今日は飲みすぎたな、そう思いながら車内に残っている先生に別れを告げようと振り返ると先生も降りてきて私の腰に腕を回した。ナチュラルにこの人は、なんてことを。酔いの回った体の熱さと触れられたところから広がる熱。私の頬はきっと真っ赤だ。
「……先生?」
「んな覚束無い歩きをするやつ一人で帰せないだろ」
「もうすぐそこですよ……」
弱々しく吐いた言葉を無視して何階だ、と聞く先生に仕方なく、「17階です」と答えて。
どう送り狼に仕立て上げようかなんて考えていたのに、なんの小細工もなく先生が私の家になんて。もしかしたら、もしかして、本当に狼になってくれるのかもしれない。
「先生、酔ってます?」
「……酔ってない」
家の前でさよならかと思えばまるでさも当然と言わんばかりに一緒にリビングへと上がり込む先生にそう問えば、いつぞや返ってきたのと同じ返答で。
「ふふふ」
「なんだ」
「いえ、前にも同じことを言って結局何も覚えていなかったので」
「……そうか」
白とピンクを基調とした部屋で淡いピンク色のローソファに座り込んだ先生はどこか居心地が悪そうで。黒に身を包む先生はこの部屋では異質だった。
着ていたスーツの上着を脱いで先生の隣に腰を下ろす。二人がけのソファでは必然的に距離が詰まって先生が近い。
「……なあ」
覗き込むように私の目を見る先生が、何か言いたげに口を開いて。
「上鳴とは、どういう関係なんだ」
「どうもこうも……ただの同級生ですよ」
先程の会話を思い出して「たぶんさっきのあれも冗談ですよ、相当酔ってましたから」と続ければ少しばかり思案した先生が、溜め息を吐きながら私の目線から外れた。
「別に、隠さなくたっていいぞ」
「どういう意味ですか、それ」
「そのままの意味だが」
お前のプライベートなど興味が無い、まるでそう言わんばかりにつまらなさそうに返す先生に少しの怒りが沸き起こる。
「もし私と上鳴が本当に恋人同士だったとして、いくら素性のわかっている教師とはいえ……仮にも彼女を他の男に任せると思います?」
「それは、……」
はー、と長い溜め息を吐いた先生が私を見据える。なにを考えているのだろう、その瞳の奥で。