第10章 欺瞞にまみれた自己愛を
「何やってんだお前ら」
地を這うような声が背後から聞こえて背筋が凍る。
「見ろよイレイザー!!水分kissmarkついてん、痛ァ!?」
「……それがどうした」
マイク先生に一撃食らわせてつまらなさそうに呟いた先生が隣にどかりと座る。
めそめそと自分の席に戻っていくマイク先生と、未だにわたわたとする13号先生を引きずって行くミッドナイト先生。つつけば爆発しそうな地雷原と化した相澤先生と私を置いていかないで欲しい、なんて言えるはずもなく恨めしい目でミッドナイト先生を見やればごめんね、とウインクを返された。
ちらりと横目で私を捉えた先生が声を掛ける。
「水分、とりあえず髪下ろせ」
「そうです、ね、すみません……」
邪魔なんだよなあ、と思いながらも流石にこの鬱血痕をこれ以上皆の前に晒すわけにも行かず素直に髪を解く。はらはらと落ちる髪に隠されたのを確認して先生の目が私から離れた。
「それで」
「?」
「随分と余裕だが終わったのか?」
先生の鋭い目が捉えるのは山積みのままの生徒達の報告書。
「あ……あぁ、あああああ…………」
「お前……今夜は帰れると思うなよ」
それはそれは低く這うような声で髪を逆立てた先生が怒りを顕にしていた。誰のせいだと思って、なんて言えるはずもなく焦って机に向かうしかない。
違うシチュエーションで言われれば凄くときめきそうな台詞だが、今この状況でときめくほど私の心臓は強くない。
細いため息を吐いた先生がこちらを見ずに口を開く。
「別にお前はもう生徒でもないし一成人なわけだ。プライベートに首突っ込む気は無いけどな」
「……はい」
「一応教職に就くものとしては見過ごせん、生徒に示しがつかんだろ。……気をつけろよ」
あなたが付けたんですよ、と言う言葉を飲み込んで静かに頷けばもうそれについて言及されることはなかった。
目の前の山を崩しながら、そっと首筋に触れる。見えないそこにある、相澤先生が私につけたキスマーク。
まるで所有印のような鬱血痕に囚われる私はなんて愚かなんだろうか。
それでも私は溺れていたい。息ができなくなるほど深くまで。