第10章 欺瞞にまみれた自己愛を
重い足を前に進めて学校へ向かう。先生に会うのが楽しみで毎日通った学校が、今や地獄かと思える。昨日のことは忘れていてくれよ、なんて、以前とは矛盾した感情を抱えたまま雄英の敷地を跨ぐ。
「水分、おはよう」
「相澤先生……おはよう、ございます」
声をかけられて反射的に振り向いたそこにはいつも通り気だるげな雰囲気を纏った相澤先生がいて。
「……そういえば昨日、」
「はっい」
声が裏返った。昨日、うん、昨日。もしかして覚えてる?そんな馬鹿な。覚えてたらどうする、ああ、もう、記憶を無くす個性とか欲しい。めっちゃ欲しい。
「お前、俺の家来たか?」
「は、い?」
「これお前のだろ」
そう言って手渡されたのは確かに私のネックレスで。ああ、そういえばシャワーを借りる時に外して置いたままだったなあ、と思い出す。
「そうです、ありがとうございます……」
受け取ったそれを首に着ける。
着けたネックレスの内側に入ってしまった髪を外へ出すように首元に手を差し入れて外へ流せば、その様子を見ていた先生が少しだけ焦ったような声で話し掛けてきた。
「水分、昨日は……、その、」
「もー、先生また覚えてないんですか?」
「っ……」
「図星ですね?」
ガシガシと乱雑に頭を掻く先生に、続ける。
「随分酔ってらしたから心配で家までついて行ったんですけどね。暑かったし汗だくで気持ち悪いって言ったらシャワー貸してくれたんですよ」
少しばかり苦しい言い分ではあるが、淀みなく紡いだ台詞に我ながら役者だな、なんて思って。
「……すまん」
「あはは、別にいいですよ」
先生が忘れてくれれば、また私は先生と繋がれる。だから、謝らないで。謝られると泣きたくなる。
交合う相手は間違いなく隣にいる先生なのに、当の本人がそれに気付いたら全てが崩れ落ちる、そんな後暗いこの秘密。せめて二人で共有出来たら幸せなのに。選んだのは自分なのに、全てを忘れてしまう先生を少しだけ恨めしく思ってみたりして。