第5章 デイジーは笑わない
それからは体育祭での生徒達のことを振り返りながらあの子はもっと伸ばせるところがある、あいつは挑発に乗りやすいところがあるから制御させないとだとか、ああでもないこうでもないと総評しながら飲み進めた。
気が付けば時計の短針も長針もてっぺんを指し示していて。
「そろそろ、帰りましょうか」
あんな話──先日を思い出すような話─をしてしまったせいで途中で酔いが冷めてしまった。そんな私とは対照的にこの間よりもわかり易く酔った先生が目の前にいる。ドライアイのはずの目が潤んでいて、なんだか色っぽい。
「相澤先生、随分酔ってますね」
「……酔ってない」
「はいはい、酔ってる人は大概そう言うんですよー」
行きましょう、そう声をかけてお会計を済ませようとしたら制されてしまって払わせて貰えなかった。酔ってるくせにこういう所はしっかりしてるのか。呂律も怪しいのに。
店を出て、来た道を戻る。この時間になっても眩い光を放つ歓楽街でこのまま酔いに任せてホテルにでも行ってしまおうか、お誂え向きにすぐそこにはホテル街もある──そんな考えが過ぎるが頭を横に振ってすぐに消した。そんなことをしたって虚しくなるだけだ。心は、手に入らないのに。
「すみません、ご馳走になってしまって」
「……誘ったのは俺だからな」
「それでも、前もご馳走になったのに」
「いいんだよ、水分よりは貰ってる」
「……言い返せないのが悔しいです」
「俺より稼ぐくらいになったら奢られてやる」
それって何年かかるのかなあ、なんて思いながら歩みを進める。
それにしても、これだけ普通に歩いて会話してるのにきっとこれも覚えていないんだな、なんて思うと少し可笑しくなってくる。
どうせ覚えていないなら、言ってもいいかな。5年前に言わせてもらえなかった言葉の続きを。あの夜みたいに全て忘れてくれていいから。
「ねえ、先生」
「ん、どうした」
「……私、相澤先生のこと」
「水分」
ああ、これは、あの時と同じだ。
──俺はお前を可愛い生徒だと思ってるよ
「俺はお前を可愛い後輩だと思ってるよ」
あの時と、同じだ。
酔っていても尚、続きを紡がせてはくれない。一線を引く言葉。明確な拒絶。
ならどうして、私を抱いたの。
教えてください、先生。