第4章 泡沫に手をのばして
「ううう、ヒーロー事務所からの指名ってこんなにあるんですね、しんどい……」
「口動かさなくていいから手を動かせ」
「……はい」
無事に体育祭が終わり、休む間もなく職場体験に向けてヒーロー事務所からの指名を集計する。ヒーロー飽和時代とはいえここまでの量があるとは、全く終わりの見えないそれに心が砕けそうだった。こんなところで砕けている場合ではないのだけれども。
「明日中に終われば飯連れてってやるから」
あの日を覚えていないという先生が、私を奮起させるためにそんなことを言うものだから心がざわざわと逆立っていく。覚えていないことを怒ったって仕方ない。先生が望むなら無かったことにしようと思っていたのだし、その通り何も無かったことにするだけなのに。私にはこんなにもあの夜の記憶が残っているのに先生には何も残っていない、それが悲しさを通り越して怒りか呆れか絶望か、よくわからない感情に苛まれている。
「……行ってみたかった居酒屋があるんです」
「わかったから手を動かせ手を」
「はーい」
「返事を伸ばすな」
「…はい」
黙々と作業をこなしていく面々。この時の職員室は殺気がこもっていたと思う。
□□□
「終わっ、たあああああ!」
「水分、うるさい」
「ふぁい、すみません」
書類に目を通す先生の顔も明らかに疲弊をしていて。見渡せばここにいる面々全員が覇気のない顔をしていた。先に作業を終えたらしい先生は帰っていったのでだいぶ人数は少なくなっていたが。これで私も帰れる、いや、先生とご飯。
「ん、大丈夫だ。それじゃ行くか」
一通り目を通したらしい先生からそう声をかけられる。不備がなくて良かった。
「はーい、それじゃあ皆さんすみません、お先に失礼しまーす」
残る先生方に挨拶をすれば、いつもなら間延びした話し方を指摘する相澤先生も疲れがあるのかジトリとした視線を投げつけてくるだけで何も言わない。
「どうする、帰るか?」
「いえ、仮眠も取りましたし、なによりも固形物が食べたいです」
「……お前、俺の食料取っておいてよく言うな」
「エネルギーを手っ取り早く取るには効率的でした……」
合理的だろ、と笑う先生に、でもやっぱり固形物が食べたいですと言ったらまあ約束したからな、なんて返ってきて。二人並んで夜の街へと足を進めた。