第3章 消えて泡沫
トレードマークとも言える寝袋に包まって眠る先生をしばらく眺めていた。
ちょっとした出来心、好奇心、悪戯心。少しだけそんな小さな欲望に素直になって、眠る先生へ顔を近付ける。
──あと、少し。
触れるまでほんの数センチの所で我に返る。
なに、してるんだろ。帰ろう。今日も仕事だし、まさか就任早々に2日連続同じ服で出勤するわけにはいくまい。ミッドナイト先生あたりがすごい言及してきそうだし。考えただけでも怖い。怖いわ。
散らばった服を掻き集めて身に纏う。ほんのりと先生の匂いが移ったらしい自分の服に身体が沸き立つ感覚。昨夜を思い出して昂る体を無視して時計を見やると一度帰宅するにはなかなか厳しい時間だった。
「……先生、私帰りますけど鍵は、」
少しだけ申し訳なく思いながら寝ている先生を揺すり起こす。恐らくはオートロックだと思うがもし違ったらさすがに不用心すぎる、寝ている先生をそのままに出ていくわけにはいかないのだ。ごめんね先生。
すっ、と開かれた瞼の隙間から覚醒しきらない瞳が私を認識して。
「んあ?……水分?」
「すみません、起こしてしまって。鍵、オートロックですか?」
「あー、うん……、そうだ」
「わかりました、それじゃあまた学校で」
寝起きの掠れた声が耳腔を擽って、どくり、と心臓が鳴る。それに気付かないふりをして足早に部屋をあとにする。
「朝から色気半端なさすぎでしょ……」
寝袋に入ってる姿だってのにドキッとしたわ。きっとこれは惚れた弱みってやつね、なんて軽く自分を慰めて自宅へと急いだ。