第26章 されど甘い蜜を啜りたい
かくして私は先生とのデートなるものに出掛けることになった。
あんなこと言われたら浮かれるに決まっている。相澤先生が私とデートしたいなんて。そこに深い意味がなくたって、この虚偽の関係を周囲に確固たるものだと示すための方便だとしても。
浮かれ過ぎている自覚はあるけれど、どうしたって抑えられないこの心の高揚感は仕方があるまい。
いつもは身だしなみ程度に施しているメイクも今日は少しだけしっかりめに。シフォン素材のオフショルワンピに身を包んで髪はゆるく巻いて纏めあげる。白のワンピなんて狙い過ぎかなあ、何度も何度もおかしくないかな、と鏡を見ていれば気がつけばもう約束の時間になりかけていて。先生を待たせるわけにはいかない。限りある貴重な時間を私に割いてくれるのだから。
浮かれきった心で部屋をあとにして待ち合わせ場所──すぐそこの雄英の門だが─に向かいながら、これは私への餞なのかもしれないな、なんて思いが浮かんで足取りは少しずつ重くなる。
今日が終わればついにこの虚偽の関係が終わりを迎えるのかもしれない。信憑性を上げるとかそれはただの口実で、本当はこれを最後にいよいよ諦めろと突き付けられるのかもしれない。先生と体を重ねることも、もう無いのかもしれない。悲しく、けれど幸せなあの時間はもう。
門に寄りかかって目を瞑る先生が視界に入って(私服、黒くないんだな)なんてどうでもいいこと考えたりして。
駆け寄ろうとするその時に、上鳴との会話が頭を過ぎる。
──じゃあこのままほとぼりが冷めたらさようなら、で諦めるのか?
──それは……無理、かな
──なら当たって砕けろ!砕けたら俺がいる、慰めてやるから
今日が最後かもしれないから。目一杯楽しんで、絶対に忘れない。そして報われなくても先生に言おう。好きだって、言おう。
こちらに気付いた先生が私を見て片手を挙げる。ああ、今日はもう、私の目に映る先生の全てを焼き付けていたい。
「……おはよう」
「おはよう、ございます」
「行こうか」
そう言って繋がれた手。大きくて骨張った、少しカサつく手が私の手を包み込む。躊躇いなく繋がれた手に驚く暇もなくその手を引かれて歩き出す。
そう言えば、どこに行くつもりなのかな。先生と一緒に行けるなら、どこだって楽しいけれど。