第3章 人間観察
彼の過去と彼女の沈黙 side凍叶
その次の週末の夜、凍叶は遊園地のミラーハウスにいた。気落ちした時いつもそうしているように、無数の幻影が連なるその無限迷宮で鏡に映る自分の姿と緩やかに流れる沈黙に憩い、雑多に暮れた日々の疲れを癒そうと思ったのだ。凍叶はミラーハウスのどこか世界から切り離されたような澄んだ空気が好きだった。無限に続く自分の鏡像。そこには今までに負ってきた、今は省みることすらしない傷が映り込んでいる気がした。もう治った傷も、未だ治ってない傷もある。
多分、二度と治らない傷が一番多い。
「なんて、戯言…。」
ともかく、彼女は今宵も自らのその奇妙なセンチメンタリズムに従ってミラーハウスに踏み込んだ__は良いのだが。
「一体何があったらこんな惨状が出来上がるのかな?」
リノリウムの床に散乱した割れた鏡の破片と誰かの髪の毛。しかも茶色と銀色の二種類。その上火炎放射器でも振り回したのか建物のあちこちが不自然に焦げている。
「しばらくは入れなくなっちゃいそうだなぁ。」
呟く凍叶の声はあくまで軽いが、実際に目にするとかなりシュールというかカオスというか、鏡が割れているところからここで誰かが乱闘を繰り広げたことはわかるが何故二種類もの髪の毛が落ちているのかがわからない。焦げ跡に至っては最早意味不明だ。それに、いつもはまるでここが別世界であるかのような風景を演出している鏡たちが一枚残らず割れて破片と化しているというこの惨状は、あの幻想的な空間を期待してここに足を踏み込んだ身としてはこの惨状は何と無く不快である。例えるならば目の前にあの有名な某ネズミの国のマスコットと、その着ぐるみの中のバイトの中年の写真を並べて突き出されているような気分だった。
「…ん〜。」
そんな益体も無いことを考えつつ、凍叶は完膚なきまでに破壊されたミラーハウスに佇み、この惨状が作られたときの状況を推測し始める。
が、考えても考えても全くそんな状況が想像できなかったので諦めて建物から脱出した。
脱出した、は良いのだが。
出口を出てすぐの木の下。そこには血塗れの凍季也が落ちていた。