第1章 蛍
暑い盛りでも、夜の川辺は涼しい。
心地よい風に吹かれ、淡い光が乱舞する。
ついたり消えたり、私の呼吸に合わせるような光に、胸の奥がうずく。
「ほ、ほ、ほーたるこいっ」
歌声に振り向くと、旦那様が子どもみたいな顔で笑っていた。
この人は、こんな良い声をしていたのか。
私も少し笑い返してから、足元の笹の葉を取り、笹舟にして川に浮かべた。
指先に、あの夜のように一匹の蛍が止まる。
苦い水だと分かっていて、飛んで行った蛍は、今頃どこを照らしているのだろう。
私は伊東様のように、蛍を捕まえる事は出来なかったけれど、せめて、この笹舟が海にたどり着くまでの間、祈り続けよう。
どうか蛍の行く先に、強い風が吹かぬよう。雨が降らぬよう。
苦い水がわずかでも甘くなれと。
ほ、ほ、ほーたるこい。
あっちのみーずはにーがいぞ。
こっちのみーずはあーまいぞ。
ほ、ほ、ほーたるこい。