第9章 優しい嘘
朝から春のメイクの撮影をして午後はさつきと美緒のところで打ち合わせ。
北海道以来仕事の関係で打ち合わせはあたしの家で進めてきたけど、今日は全体で打ち合わせになる。
佐伯さんに会うのもあれ以来だけど、さつきと美緒が事情を話してくれていたおかげで中野チーフが座席も離れるように会議室のテーブルのレイアウトを変えてくれていたことを聞いたから、一言お礼をしたくて途中休憩で中野チーフに話しかけた。
「中野チーフちょっとよろしいでしょうか?」
「黒須さん久しぶり」
会議室の外に出て近くに他の人がいないことを確認してお礼を伝える。
「個人的な感情を持ち込んですみませんでした。ご配慮頂いて本当にありがとうございます。必ず仕事でお返しします」
「進藤も桃井も本当に優秀だけど、あなたもとても優秀だからこのプロジェクトの中心になってほしいって思ってるわ。それにあたしのチームで仕事中にナンパするような人には外れてもらいたいくらいよ。成功の為に力を貸してね」
そう言ってにっこり笑ってくれた。
ホントにいい上司なんだな…さつきも美緒いつも“中野チーフは無敵”って言ってるからなんかその意味がちょっと分かった。
「私のできる精一杯でやらせて頂きます」
「期待してるわ」
私がここに呼ばれた意味をもう一度思い出す。
自分の経験からフレグランス部門の弱いこのメーカーのアニバーサーリーイヤーに合わせて発売されるフレグランスをいかに消費者に印象付けて手に取りたいと思わせるか。
NYで青峰君に言ってもらった“必要とされたから呼ばれたってことを忘れるな”って言葉を、いつも、何度も自分に言い聞かせてきた。
さつきと美緒があたしに期待をして呼んでくれて、中野チーフからも期待してるって言ってもらったんだから、佐伯さん一人の存在であたしのやるべきことが変わる訳じゃない。
あたしは今たくさんの人に支えられてこの仕事をしてる。
もう頑張れないって思った時もあったけど、今はそんな事微塵も思わない。
佐伯さんの事を大我に話してよかった。赤司さんや真太郎が考えてくれた対策があたしを安心させてくれる。
さつきと美緒の存在があたしを落ち着かせてくれる。
会議室に戻ってさつきと美緒と打ち合わせた内容をプレゼンする用意に取り掛かった。