第1章 視線の先
少し焦ったような低い声が鼓膜を揺らして、次の瞬間思い切り腰を引っ張られて持っていたケーキもろとも倒れ込んだ
そしてその直後
大きな金属音を立ててステンレスポットが落ちる音が響いた。
恐る恐る閉じていた目を開けると、コーヒーが地面に流れて、ほわほわと湯気が立ちのぼり、周りはザワついている。
だけど
何故かあたしはすこしも熱くない
それに痛みも感じない
いきなりの出来事に状況が飲み込めず、未だに体は硬直してて全く動くことが出来ない
「みさきっっ!?大丈夫!?!?」
完全に思考停止してるあたしに突如聞こえたさつきの大きな声。
ハッとして顔を上げると目の前は真っ黒で、それがタキシードだと理解するまでに多くの時間はかからなかった。
状況を自分なりに理解して、恐る恐る視線だけを動かすと、ケーキは地面にこぼれ、生クリームがタキシードに付いてしまっている。
タキシードは光沢のある上質なもので、気軽に弁償ができるようなものでないことは間違いない。
とにかく今は謝らなきゃ…
どうしよう…
スーツの赤山で売ってる?
え、違うよ、違うよ
違うと思う。
多分赤山でも既製品ない。
タキシードってオーダーだ…
大我と同じとこで似た感じで仕立ててくれる?
いや、そもそもタキシード次いつ使う?
頭の中はタキシードでいっぱいで、だけど体に温かさが伝わってきて、人に乗しかかってしまってるんだってことを思い出した。
あたしが痛くも熱くもなかったのはこの人に助けてもらったから。
後のことは謝ってから相談させてもらうけれど、今はまず謝らなきゃ……
「っ……すみま…「おいっ!!!みさき!大丈夫か!?」
体を起こしながら謝うとした私の声は大我の大声でかき消されて、スタッフが一斉にあたしを取り囲んだ。