第16章 愛しい体温
『個人差はありますが、蘇生後脳症と言って脳細胞がダメージを受けることでこのまま昏睡に陥ったり、最悪死亡するケースもあります。命が助かった場合でも高血糖や高体温、痙攣、麻痺、心機能低下など様々なことが考えられ、重い障害が残ることもあります。ただ、現時点でそれらを特定することは難しい。容態が安定するまでICUで24時間の監視体制をとります』
『記憶は?』
みさきを産んだ時あたしは心停止を経験した。
幸い障害が残ることはなかったけど、その後2週間、自分の夫でありみさきの父親でもある司が誰なのかわからなかった。
『記憶障害は十分に考えられますし、認知障害もあり得ます。だた、心停止が3分台に抑えられたことで回復の可能性は残されています。心室細動直後、Dr.緑間がV-A ECMOの準備を即座に指示し、心停止後迅速に切り替えた事が彼女が短時間で蘇生できた大きな理由です』
みさきはまた彼に助けられた。
最初に脚を刺された時も、冷静にみさきの止血をしてくれたのは真太郎君だったことをたいちゃんが教えてくれた。
「ありがとう…本当にありがとう。……本当に…ありがとう」
これしか言葉が出てこなかった。
これほどまでに人に感謝したことが今まであったのかと思うほど、心の底から感謝した。
『大量出血を起こしたとき、出血点だけを探そうとする私たちの中で、彼だけが全体を圧迫して止血をすることを瞬時に提案してくれた。彼の冷静な判断と、この歳では優秀すぎるほどの知識が出血を3L以下に抑え、彼女を助けた。出血が3Lを超えて尚且つ心停止であれば、彼女の体格ではまず助からない。彼が彼女を救った』
「緑間…悪かった」
途中、手術室が開いて機械音が聞こえてから、彼はずっとみさきを呼び続けて、静かだったけど確かに涙を流していた。
彼が真太郎君に掴みかからなければ、きっとあたしが執刀医に掴みかかっていた
手術前、彼がみさきに言った“愛してる”って言葉が本心だってことはあたしたち全員が分かっていた。
ゴシップだけを見て、彼を傲慢不遜な人間だと決めつけていたのは私と司だった。
NBA青峰という色眼鏡で見て、彼をみさきから遠ざけようとしてしまった。
今あたしたちの目に映る彼は、誰よりも誠実でまっすぐに、みさきを心から愛してくれる一人の“青峰大輝”という男性だった。