第16章 愛しい体温
「行きたい…けど…」
手術がうまくいかなかったらってことばっかりをずっと考えてたから、成功して歩けるようになる自分をはっきりとイメージすることができなかった
BOSSにプレゼントしてもらった靴は、履きたい衝動が抑えられなくなりそうで実家に送ってもらってあった
あの靴を持って帰って来てさえいれば少しは成功したビジョンを思い描けたかもしれないのに失敗したなって後悔してた。
手術で何があるか分からないって言われてから、手術後の予定はフレグランスの撮影以外はプライベートも仕事も何も予定を入れてなかった
なんとなく予定を入れるのは良くないんじゃないかって思ってた
「みさき、手術がうまくいくことを考えようぜ。お前の仕事の予定が白紙なんて今まで一度だってねぇことだっただろ?だから今回は脚が治ること前提で俺との予定を入れてくんねぇ?」
「いいの?」
「俺がそうしてほしいんだよ。お前はきっと手術が成功してちゃんと歩いてる。だから仕事入れられちまう前にお前の時間を俺が予約する」
この人はどこまでも優しい。
あたしの不安を和らげる為なのに、自分がそうしたいって…
優しさであたしを暗いトンネルから引っ張り出してくれる
「うん。じゃあそうしてもらってもいいかな?来年の8月とかなら青峰君もシーズンオフだから行かれる?」
「あぁ。7月から9月の前半の間ならいつでも行かれる」
1年以上先の約束になってしまうけど、この約束はあたしの手術への恐怖心を確実に軽くしてくれた
青峰君といるといつも自分の感情を隠せない
弱いところなんて隠しておきたいのに、泣くつもりなんてないのに青峰君の優しさに触れるとあたしは途端に弱くなってしまう
いつもあたしを包んでくれる長い腕と硬い胸板
頭を撫でてくれる大きな手
あたしを呼んでくれる低くて優しい声でさえ青峰君の温度を感じる
ぴったり沿った体から伝わる高めの体温と初めて感じた唇から伝わる優しい体温
青峰君に触れて感じるのはいつも、恐怖じゃなくて温かさと優しさ、感じたことのないドキドキと幸福感だった
だからそれだけは伝えておきたくて、自分の知ってる中から一番近い感覚の言葉を選んだ
「あの…あたし…今すごく、幸せです」
出会うことができて好きになることができて…
こうして大切にしてもらえて、あたしはすごく幸せです