• テキストサイズ

エルヴィン裏作品集

第15章 消失




とある産院の分娩室。


産声を上げ、新しく生まれた命。出産に立ち会った俺は汗と涙を流した妻、ユリアの手を強く握りしめ、妻が立てた爪痕を気にも留めずに抱き上げられた二人の愛の結晶を見た。

ユリアは泣いている。処置をされ、マスクをしていても分かる笑顔の助産師に抱かれた小さな体。

俺とユリアは十月十日、この瞬間を待ちに待っていた。不安になることも沢山あった。

俺達は今、この世で一番幸せで、この世で一番輝いている。


あの忌まわしき残酷な世界から俺は解き放たれ、あの世界で想いを寄せたユリアに、この美しく平和な世界で再び再開し、恋に落ち、結婚し、子を成した。


俺には前世の記憶がある。そのことはユリアには言っていない。ユリアには前世の記憶はないらしい、だからこそ伝えなかった。良くあるだろう、伝えたら頭痛がして記憶が戻った、なんて事は。

あんな辛い日々の記憶なんぞ戻らなくてもいい。それに前世でユリアは、俺には見向きもしなかった。自分が彼女の夫としてこの瞬間に立ち会えていること。今、本当に幸せだ。



なのに今俺は、恋焦がれたユリアとの愛の結晶を見て絶望を感じていた。前世でユリアが俺に見向きもしなかった要因が目の前にいる。

待ち侘びた愛する我が子の顔は、あの世界でたった唯一彼女の愛を手にした男、エルヴィン・スミスそのものだった。




/ 308ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp