第11章 契約者
空が一部地域で重く暗い色に染まった。
その空の下には一人の人間の男がいる。
久しぶりに降り立った地上に、遥か昔に見た巨人の姿は無かった。謎は解明され、人間であった時に抱いた夢、父の仮説を証明する事は事実叶ったようなものであった。
死後にユリアに懇願した夢。
それはすぐ様果たされた。
“外の世界を見たい”
いつぞやら、腹心のリヴァイに言われたことがあった。
“巨大な塩の湖、炎の水、氷の大地、砂の雪原……そんなモンが壁の外にはあるらしい。馬鹿馬鹿しい話だが”
それから千年以上の時が流れた。あの時は予想もしなかったが、本当にあったとは。
人であればそれらを目にした時、感動しただろう。悪魔に身を落としてから、どうも喜怒哀楽の表現が無くなってしまった。
エルヴィンを見る、目の前の男は恐怖を露わにし、魔法陣の中で尻餅を着いてこちらを見上げている。その人間を見下ろしていると、地から黒く沸きあがる黒煙から優雅に飛び立ち、翼を広げたのは主。
主の手を取り地上へ降り立たせ、跪いた。
「ほ、本当にいたのか……悪魔は……」
悪魔らしくない艶やかさを纏うユリアの姿を見た男が息を飲んでいる。
「上手に呼び出されたのは久し振りよ。そうでしょう、エルヴィン」
「あぁ」
「さて。私を呼び出したのはあなたね」
自身の死亡直後、両親の死の真相を聞かされた時にはユリアを必ず地獄の檻に監禁してやると考えていたが、その意識もユリアの使い魔として過ごす内に打ち消されていった。
今ではユリアを愛している。自分にある感情といえば、ユリアへの忠誠と敬愛、それだけ。
悪魔として忠実な仕事をするユリアを横目に、身体での結び付きを持つであろう男に目を向けた。
跪いて手を取ったままのユリアの手に噛み付いてみせる。
目の前に居る男の方が一瞬怯んだ。
これで“また”お叱りを受けてしまう。
「……あなたの願いは何?」
暫くし、エルヴィンの牽制も虚しくユリアと男の契約は成立した。
……ああ、またか。
彼で命を奪う人間の数は確かーーー……。
エルヴィンは契約成立の握手をするユリアの様子を、独占欲に支配されながらも黙って跪き、見ていた。
-第15章 END-