第2章 運命の朝は憧れと共に
そわそわと壁掛時計に目をやること数十回。今日は時間が進むのがやけに遅い。何回見ても遅々として進まない時計の針が、安心と焦燥を交互に突きつけてくる。顔は洗ったし、髪も整えたし、服も着替えたし、ご飯は食べたし、歯も磨いた。荷物は昨日のうちに全部カバンに詰めておいたから大丈夫。あとやらないといけないことは……もうないかな。現在の時刻は7時30分。何が起こるか分からないし、万全を期して8時には家を出たいところだ。それに、もしかしたら勝己と出久も来ているかもしれないから探す時間も欲しいし。久しぶりに、会えるといいなぁ。性格は多少アレだけど、勝己の実力は本物だ。きっと試験も楽々突破するだろう。出久はペーパーテストは得意だけど、問題は実技だな。いや、実技が問題なのはおれも同じか。
考えに耽りながらぼんやりと天井を見つめる九十九の目の前に、突如として養父の心配そうな顔が現れた。
「大丈夫かい?」
「うわっ!?」
近すぎる距離に思わず身を捩る。勢いのままソファーから転がり落ちた九十九は、鈍い音を立てて机の角に頭をぶつけた。悶絶している彼に駆け寄って、俊典はもう一度さっきの台詞を繰り返した。
「うう……ダイジョウブです」
「全く、そそっかしいな君は!怪我してないかい?ホットチョコレート飲む?」
差し出されたオールマイトカラーのマグカップから、柔らかい湯気と共に甘い香りが立ち上る。その香りを吸い込んで初めて、九十九は自分の喉がカラカラに乾いていることに気がついた。
「ありがとうございます、俊典さん。緊張しちゃって」
「無理もないさ。なんたって、今日は運命の日だからね」
温かいマグカップを両手で受け取って、胸の前で抱き抱える。
今日は、雄英高校ヒーロー科の実技試験の日だ。もちろん、滑り止めなどではなく、本命も本命、大本命。必死に勉強して苦手な筆記試験を突破し、やっとの想いで実技試験まで漕ぎ着けたのだ。子どもの頃から憧れていた学校に入学できるチャンスを、九十九は絶対に逃したくなかった。