第1章 プロローグ
ウサギの耳がぴくりと動き、飛び出していた綿がまるで意思を持っているかのようにするりするりと体内へと戻っていく。一体何が起こっているのか理解ができずにいると、数秒の内に新品同様になったヌイグルミが、おれの手からするりと抜け出して地面に降り立った。ぽかんとした顔の少年二人の前で、ウサギがくるりと宙返りしてポーズを決めてみせる。翡翠色の瞳から溢れ落ちる涙は勢いを失くし、彼の瞳は今驚愕と興奮に見開かれている。
「わああ……!」
なんでヌイグルミが動いているんだ。これは夢か。軽々と跳躍したウサギが緑の髪に埋もれるのをぼうっと見ていると、隣に立っている少年に小突かれた。
「おい。あれ、お前の個性か」
首を傾げて見せると、彼はつまらなさそうな顔でそっぽを向いてしまった。
「お前が一番乗りかよ。でも、絶対にお前らよりも、おれの個性の方が強いからな。だから……」
言葉はそこで途切れてしまった。目を閉じたまま枕元のアラームを拳でぶっ叩いて止めて、そのまま腕を伸ばしてカーテンを全開にする。眩い光が体中に降り注ぐ中でゆっくりと背伸びをして、漸く夢から完全に醒めたような気分になる。今日はまた随分と懐かしい夢をみたな。あの後、勝己はなんて言ったんだっけ。いくら考えても答えが出てこない。素直じゃないあいつのことだから、きっとひねくれたことを言ったんだろうと適当にアタリをつけておく。
キッチンから漂ってきた朝ご飯のいい香りに誘われて、ぼんやりとしていた頭が瞬時に覚醒する。トーストの焼けるいい匂いだ。洗面所へ向かいながら、ふと思った。今日は運命の日だ。もしかすると、あの夢は彼らに会えるという虫の知らせかもしれない、と。