第2章 私の隣のお姫様
「ねぇ、名前、聞いてる?」
不意にそんな声が耳に滑り込んできた。
はっと我に返り視線をそちらへとやれば、大きく形のいい、そして綺麗な目が名前を見つめていた。
「その顔……聞いてなかったでしょ?」
「あ、あはは……ごめん」
「も~…。ほんっとに名前ってばのほほんとしてるんだから。私が居ないと駄目だね、本当に!」
「あはは…ごめんて」
わしゃわしゃと頭を撫で回してくる遥に苦笑を浮かべつつ、名前は謝罪を述べた。
ーーこんな、嫌な考え持ってて、ごめんね。
当然、その謝罪は遥の耳にも心にも届かない。ひっそりとした、謝罪だ。
そんなとき、ふと遥の首元に視線がいった。いつも付けている淡い水色のスカーフ。それが少しよれている事が気になったのだ。
「スカーフ、ちょっとよれてきちゃってるね?」
「ん?あー、そうだね。これ使って結構長いから…そろそろ変えなきゃ」
「やっぱりまだそれないと喉きつい?」
「んー…そうだねぇ、少しでも空気が触れたりすると喉が苦しくなるから、外せないかな」
困った顔をしながら、白くて綺麗な手で首元のスカーフを撫でる。
「なら、今度私がプレゼントするよ。可愛いスカーフ売ってるとこ見つけたんだ」
「え?!名前がプレゼントしてくれるの!?やった♡持つべき者は親友よね~♡大好き♡」
満面の笑みを浮かべながらそう言ってくる名前に、同じように笑みを返す。
想い人を略奪する遥は憎くて嫌いだが、こうして素直に感情を顕にしてくれる遥のことが、名前は大好きなのだ。
つまり、男が絡まなければ私は遥の事をずっと好きで居られる。名前はそう思っていたし、疑いもしなかった。
窓の向こう側で、ひらりと桜が踊っていた。
ミルクティー色の髪の毛の少年の肩にそれが落ちる。
「なんやええ事ありそうな気ぃするわ」
肩に落ちたそれを指先で摘みながら、少年は自転車を漕ぐ足を少しだけ速めた。