第3章 四天宝寺の王子様
きっと遥は知らない事だろうだろう。遥が略奪をする度に、名前の心の中で何度も何度も殺している事に。
髪を引っ張って、頬を叩いて、罵詈雑言を吐いて。
遥に笑いかけては、何度も殺す。
それをいつの頃からやっていたのかは、分からない。もう随分前からのような気もするし、つい最近のような気もする。どろどろ。どろどろ。腹の底から湧き上がる黒い何かが止まらない。止められない。
頬を染めはにかんで笑う二人を、ただにこにこと笑いながら見つめるだけ。
ーーまるで、二人の世界みたい。
私なんて見えてないんでしょう?そう二人に問いかけたくなった。虚しくなるだけなのでやめておいた。
『なー見て見て、あの二人』
『ん?うわ、めっちゃお似合いやん。そらそやんな、楠さんくらいの別嬪さんやったらお相手は白石レベルやんな』
『あー…俺楠さんええなぁ思ったばっかやのに』
『やめとけやめとけ、お前なんてアウトオブ眼中や』
そんな会話が耳に滑り込み、脳と心にじわりと染み渡った。
笑ってしまう事に、名前の事が見えていないのは目の前の二人だけではなく周りの人間にもそうであったらしい。自嘲気味に心で笑って、顔では満面の笑み。
「あ、ごめんね、二人共。私トイレ行ってくるから…じゃあね」
「ん、わかった」
「またな」
同じような照れた笑みを浮かべている二人に見送られる。酷く虚しかった。
それは何故か?自分がそこにいるのに、まるで居ないものとされたからか?それとも、意図も簡単に白石蔵ノ介が遥の罠に掛かり始めているからか。それとも、またいつもと同じ未来を予想しているからか。
呆れ半分、諦め半分。名前は溜め息を吐いた。
ーー結局、いつもと同じようになったな。
まるで自分には関係の無い事のように、名前はそっと心の中で呟いた。
ゆっくりと歩を進め、教室を出ていこうとする名前へと視線を注ぐ者は居ない。教室内にいるクラスメイト達の視線は、美男美女の二人に注がれたまま。
ーー大嫌い。
腹の奥底から湧き出ていたものを、心の中で呟いた言葉に織り交ぜた。