第1章 プロローグ
お姫様が現れた、と幼い女の子ーー苗字名前は思った。
雪のように白い肌。林檎のように赤い頬。ぷっくりと膨らんだ愛らしい唇は桃色。目は大きくて瞳はビー玉のようにキラキラ。花柄のスカーフを首元に巻いて、フリルたっぷりで同じように花柄のワンピースを着たその子。
名前は楠遥と言うそうだ。
黒くて艶のある髪の毛はさらりと腰あたりまで伸びている。風がふくたびにさらさらとその綺麗な髪の毛が踊る様を、名前は息を飲んで見ていた。
するとそのお姫様が、名前の視線に気づきにこりと笑みを浮かべ一歩歩を進め距離を縮める。近くなった距離に、自然と縋るように隣にいる母親のスカートを掴んだ。母親は微笑みを浮かべるだけであった。
『あなたのおなまえは?』
ぷっくりとした可愛らしい唇から、鈴を転がしたような声がうまれた。
『…苗字、名前』
『名前ちゃん!わたしは楠遥。遥、ってよんでね?ね、お友達になろう?』
『う、うんっ!』
こうして、苗字名前と楠遥は友達になった。二人の出会いは五歳の時。遥が名前の家の隣に引っ越してきた……なんて言うどこにでもあるような話だ。
名前の家も半年程前に現在の住まいーー大阪に引っ越して来たばかりであった。他県から引っ越して来た事と、子供の年齢が近い事。
それらの事があってか両家はとても仲良くなった。お互いの家にお邪魔して夕食を一緒にとったり、一緒に出掛けたり。
そんな交流をしているうちに、名前は楠旭と言う存在を知ることになる。
彼は遥の兄で、大阪へ引っ越してくる一年程前に事故で亡くなってしまったらしい。明るくて元気で、とてもいい子だったと話しながら涙を浮かべる母親を遥は唇を噛み締め泣きそうな顔で眺めたあとそっと視線を外した。
今にも泣きそうな遥の背中を擦りながら名前はそっと視線を外す。