第3章 四天宝寺の王子様
四月になった。もうすっかりと春だ。陽も暖かく、包み込むような空気の心地良さと草花の香りが鼻腔を擽る。三月の中旬頃からチラホラと咲き始めていた桜達は四月になった途端に咲き誇り、その花弁を落としヒラヒラと宙に踊らせていた。
そんな春の朝、登校の時間だ。
「名前ー早く行かないと遅刻するよー」
くるり、と、後ろ振り向く遥。そんな彼女の横を四天宝寺の制服を来た男子生徒等が通り過ぎていく。ちらり、と、彼女へと熱い視線を寄越しているが、遥は彼等を一瞥もしなかった。興味がないのだろう。
「ちょ、ちょっと待って遥…!朝ごはん食べたばっかでお腹苦しくて、走れないの…」
「もー何やってんの…そんなに朝ごはん食べなきゃ良いのに。朝ごはんなんてサラダかヨーグルトで充分でしょ」
呆れたようにいいながら、いつもの様に髪を払えば待っていましたとばかりに風が吹いた。そよそよとふく風で、綺麗な黒髪がさらさらと踊る。
ーー本当に、綺麗だなぁ。
ぽつりとそんな事を思いながら、名前は苦笑いを浮かべなんとか遥の隣に並んだ。そして、それと同時に何故か遥はげっ、と声を漏らし顔を顰めて見せた。
「ど、どうしたの?」
反射的にそう聞けば「上履き忘れた…最悪」と片手で顔を覆う。
今日から三年生だ。新学期早々忘れ物をするなんて教師に怒られるに違いない。遥は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、腕時計をちらりと見た。
充分な時間はないが、早歩き程度で行けばなんとか間に合うであろう……と言う時間だ。
「取りに行ってくる。間に合わなそうならお母さんに車で送ってもらうから、悪いけど名前先行ってて」
「うん、分かった。気をつけてね?あまり急いじゃダメだよ、息が苦しくなるからね」
「軽い運動くらいなら喉は平気だって、心配しすぎ。じゃ、またね!」
苦笑を漏らしながらも、ひらりと制服の裾を翻し元来た道を戻る遥。ワンピースタイプの四天宝寺の制服。同じものを着ている筈なのに、まるで遥の為に作られたようにとてもよく似合っている。
ーー本当に、何着ても似合うなぁ。