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「今年より」「春雨は」「旅人の」

第1章 桜の想い出


ある年の立春の日。松下村塾にて。
吉田松陽は、庭の隅に3人の幼い門下生を呼んだ。
白い息を吐きながら駆けつけたのは、小太郎と晋助の2人。
銀時は1人、心底だるそうな顔で、のそのそと歩いて来る。
「何だよ松陽、寒いのに。外になんか出たくねーよ」
その文句を、すかさず晋助が咎める。
「銀時、ブツブツ言わずにさっさと来いよ」
「うっせーチビ」
「何だとぉ」
いつものごとく、喧嘩を始めそうな2人を、松陽は笑顔で制した。
「2人とも、いいからほら、これを見てください」
指差したのは、小さく細い1本の苗木。わずかに付いているつぼみもまだ固い。
「先生、これ何の花ですか?」
目はつぼみに向けたまま問う小太郎を見て、松陽はどこか誇らし気に答えた。
「桜です。植えたのは2年前ですが。この桜はね、今年初めて花を咲かせるんですよ」
「へぇー」
声を上げたのは、小太郎と晋助の2人。
銀時はやはり、つまらなそうな顔で黙っている。
「今日は立春と言って、まだ寒いですが、暦の上では春が始まる日なんですよ。この桜のつぼみも、少しずつふくらんで、来月には花見が出来ます」
「…花見ったって、こんなちょっとしか咲かねーんじゃ、つまんねぇよ」
ふてくされたような銀時の言葉に、晋助がムッとした顔で何か言おうと口を開く。
しかしそれより先に、松陽の穏やかな声が響いた。
「それもそうですね。この桜が私の背より大きくなって、銀時の考えている本格的な花見が出来るようになるには…20年くらいはかかりますかね」
「長いですねぇ」
と、ため息を吐いた小太郎に、松陽はどこか遠くを見る眼差しで、
「あっという間ですよ」
と答えた。
「あなた達も大人になって、酒が呑めますからね。皆でこの桜の下で花見酒でもしたいですね」
顔を見合わせる小太郎と晋助。銀時はそんな晋助の頭に手を置き、ニヤリと笑った。
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