第6章 [つ] つよがりの先に
店を出ると日は傾きかけて夕暮れに染まっていく坂の向こうにバスが見える。でもまだ絵馬も書いてないし御朱印だって貰っていない。貰いに行かなくちゃと思っても足は動いてくれない。
「鉄朗…」
口にしてしまえば会いたいという気持ちがどんどん溢れる。涙でぼやけていく視界がこのまま鉄朗を奪ってしまいそうで途端に怖くなる。
「帰らなきゃ」
今、自分の心がそう感じたことだ。大切なものに気がついて不安や自分の弱さよりも鉄朗を想う気持ちが勝っているから。
走り始めた気持ちは止まらない。遠く離れた恋人を想って一歩でも早くと歩みを進めて…、バスの中でも新幹線の中でも気持ちは真っ直ぐに鉄朗に向けられていた。
ようやく最寄りの駅に着いた頃には22時を過ぎていた。行き交う人も疎らになって急いで出口へと向かって走り出す。
その時、一瞬自分の名前を呼ばれたような気がして振り返る。
「茉莉」
確かに鉄朗の声だ。そして声の先には壁に凭れながら手を振る鉄朗の姿。
「どうして?なんでここにいるの?」
「んー、……勘ってやつ?」
「でも、何にも言ってなかったのに」
「お前結構寂しがりやだろ?案外俺の事が恋しくなったら帰ってくるんじゃないかと思って」
満足したように微笑みながら私の目の前に来てくれる。見上げた鉄朗は優しい目をしてる。
「楽しかった?一人旅」
「…出て行った事怒ってないの?」
「怒ってねぇよ」
「なんで?」
「ちゃんと帰ってくるって分かってるから。…いないのに気付いたときはめちゃくちゃ焦ったけど」
「…ごめんなさい」
「気にすんな。茉莉にも必要な時間だったんだろ?」
「理由、聞かないの?」
「お前も色々と悩んでたんだろ?その悩みは解消されたの?」
「……うん」
「ならいい。俺はちゃんと帰って来てくれただけでいいから。それ以外になんかある?」
「ないけど…、でも、あのね」
「待って」
「え…」
「先に抱きしめていい?」
「でも、ここ駅のなか」
「ちょっとだけ…、ちゃんと抱き締めておかえりって言いたいから」
どれだけ大切に思ってくれてたのか、その言葉だけで伝わってくる。
鉄朗の大きな腕に包まれた時、私の一番欲しかった温もりを体いっぱいに感じた。