第6章 [つ] つよがりの先に
≫夢主side
木漏れ日の中でベンチに腰掛けていつまでこうやってたんだろう。太陽は傾きかけて空腹を訴える素直なお腹。時計を見れば14時を過ぎている。
一通りお参りを済ませると一度参道に戻る。何軒かのお土産屋さんやカフェが立ち並び元気な掛け声が聞こえてくる。
「おねえさん一人?今丁度奥の席が空いてるよ?」
優しそうなおばさんの声につられて覗いた奥の定食屋からは美味しそうな香り。
「名物ってなんです?」
「そうだねぇ、ここは海も近いし海鮮丼がよく出るけどね」
「そうなんですか?お腹も空いたし食べちゃおうかな」
「そうしなよ。今ならサービスするから」
「じゃあその海鮮丼ください」
「はいはい、海鮮丼がひとつ、ね。席はあそこの窓の前ね。少し待ってて」
「はい、お願いします」
通されたのは海が一望できる窓側の席だった。周りを見れば何組かの家族連れがテーブルを囲み賑やかだ。
あ、あそこの人、秋刀魚定食食べてる。そういや今年も鉄朗のリクエストで何回も食べたな。でも秋刀魚の食べ方は鉄朗の方が上手。私がもたもたしながら食べてたらいつも綺麗に身を取ってくれてたもんね。
そんなことを思い出しながら腰を下ろすと目の前に映る景色は銀色の海。風もなく穏やかな海は太陽の光を反射してキラキラと光っている。浜辺で散歩する恋人たちを見てはいるはずのない鉄朗のことを想って胸が苦しくなる。自分が選んだことなのに鉄朗がいないだけでこんなに寂しさを感じるなんて思ってもみなかった。
「はーい、お待たせしました」
テーブルに置かれた贅沢で鮮やかな海鮮丼と湯気の立ち上るお味噌汁。味覚の秋にはもってこいの逸品。宝石のようないくらに脂ののったお刺身は肉厚でどれも美味しそうだ。
「美味しい」
うん、すごく、……美味しい。
つーんとしたわさびの辛味が鼻を抜けて涙を誘い胸を締め付ける。
こんなに美味しいのに味気ない。
こんなに素敵な景色なのに満たされない。
鉄朗がそばにいないというただそれだけ理由でこんなにも心は動かなくなってしまうものなんだろうか。
何にも出来ない自分だけが残ってるみたいだ。
でも心の中は呆れるくらいに鉄朗でいっぱいで、はっきり分かるのは片時だって離れてちゃいけないくらいに好きなんだってこと。どうしたってその気持ちには抗えない。