第6章 [つ] つよがりの先に
≫鉄朗side
目が覚めると恋人が黄色の物体に変わっていた。
「ん?」
確か茉莉が可愛がっていたぬいぐるみだ。ふわふわした感触にころころした目と視線が合う。もしかしてまだ夢の中か?
「茉莉?」
いつもなら寝ぼけて俺にすり寄ってくるのに今は返事すら返ってこない。
疲れて先に寝たのはなんとなく覚えてるけど、記憶を辿って考えても茉莉も昨夜はここに泊まった筈。
「茉莉ー?」
次は声を張って呼んでみるも部屋はしんと静まり返っている。ぼんやりする意識の中、テーブルに目をやれば不自然に置かれたメモ用紙を見つけその瞬間心臓は跳ねる。
よくある展開、しかもこれは一方的に別れを告げられる典型的なパターン。もしかしたらあのメモには“別れよう”の文字が並んでいるのかもしれない。そんな嫌な予感が過る。
しばらく呆然としながらも見ない訳にもいかず恐る恐るメモを手に取る。頭の隅では衝撃に備えるようアナウンスが鳴り響き、反対にこれは夢かもしれないと都合のいい自分も入り混じる。
“日曜日の夜の帰ります”
だけど丸っこい字で書かれたメモには何度読んでもそれだけ。思った程の衝撃はなかったにせよ、その言葉を理解したときに疑問符だらけだ。
昨日の夜まで、いやつい数時間前まで一緒だったし何処かに出かけるなんて話は一切聞いてない。なんなら今日は映画行きたいとか言ってたような…。
「まさか……、家出じゃないよな?」
言葉にした途端、血の気が引いていく。
いやいや俺なんかしたっけ?俺の記憶の中では昨日までいつもと変わりなかったよな。この前のプロポーズだって承諾してくれて、あんだけ嬉しいって泣いてたのに…、今更になってどうして?
電源が入っていないとアナウンスされるスマホは一番大切な機能を失って今は繋がる手段さえ絶たれている。
これはひょっとして結婚を前に愛想尽かされたってパターンなのか?昨日だって確か寝る前にちゃんと着替えろって言われてたのにパンイチで寝たしそんな俺に嫌気がさしたのかもしれない。それかあれ?あのこと?いやそれとも……。
考えるほど原因は俺じゃないのかと絶望的な気持ちに飲み込まれていく。一人取り残された部屋で俺が出来ることはぬいぐるみを抱き寄せ情けなく彼女の名前を呼ぶことだけだった。