第5章 [て] 天に梔子-くちなし-....R18
上がる息。肌と肌を激しく打ち付ける音が、報われなかった時間を一枚づつ破り捨てているように感じる。口づけを重ねながら、茉莉は黒尾の名前を何度も繰り返し呼び続けた。
一生のうち、この名前に誰より多く寄り添うことができたならどんなに幸せだろうと思う。例え叶わなくても、一時(いっとき)触れ合うことができるなら満足だ。そう自分自身でどこか黒尾との距離感に制限をかけていたのかもしれない。
黒尾があのような気持ちでいてくれたことなど想像もつかなかったし、今もなお、あの言葉は幻だったのではないのかと信じられない気持ちでいるくらいなのだから。
「つ、ぁーやべ、イク…っ」
「ん…っあ、あ、あぁ…!」
刻々と深まる秋は、空の色と図書室を薄紫から紫紺に変える。
重ね合わせた掌の熱を強く握り締めると、膜越しの流動と共に茉莉と黒尾は二人で果てた。
短い感覚で胸を叩く鼓動が伝わる。幻じゃない。呼吸を整えながら茉莉の胸元に頭を垂らした黒尾に、小さな声で「鉄朗」と呼びかけた。
返事の代わりに睫毛が胸をひとなで擽る。
「私、鉄朗が……大好き」
「……そうなんデスカ?」
「鉄朗の気持ち、気付けなくてごめん」
「……なぁんか言いましたっけ、俺」
顔を埋めたまま話す吐息が熱くて、誤魔化すように呟く黒尾の声がどうしようもなく愛しい。
少し硬い髪の毛も、人柄を表しているような体温も。
強さも、脆さも。何もかも全てが。
黒尾は笑っていたのだ。
秘密にしたいと申し出たとき、「別にいーよー」と、あっさり、平気な顔で。
一体どんな気持ちだったんだろう。
それでも毎日変わらず笑いかけてくれていた。
茉莉は奥歯を噛みしめ唇をきゅっと結んだ。
こんなにも、誰かの心の奥に触れたいと思ったことはない。
「……鉄朗」
自分のそれに触れてほしいとも思わなかった。
気づかれなくても、知らなくてもかまわなかった。
あの日、黒尾に恋をしなければ___。
「明日、お昼ごはん、一緒に食べよ?」
「……無理してねえ?」
「ふふ、してないよ。気遣わないでってば」
「だから俺は繊細なんですー…」
茉莉の胸からぽろりと口開かぬ実が落ちた今、夾雑物のようなものが天へ朽ち果てていく気配がした。