第5章 [て] 天に梔子-くちなし-....R18
「つ、ぅ」
全身の力が抜けてゆく。黒尾の腕の力も緩み、茉莉の唇に濡れた唇が付けられた。
目頭が熱い。心臓が派手に震える。微かに痙攣する太股をそっと撫で、黒尾の言葉を思う。
『卒業までの、暇潰しか…?』
口付けに応える力が湧かなかった。なぜ、黒尾はそんなことを言うのだろう。確かに人前では控えているが、こうして二人きりになれば黒尾への好意は隠すことなく示してきたつもりでいた。
黒尾の抱いている不安など考えたこともなかった。
むしろ、黒尾がなぜ自分を選んだのか不思議で仕方ないのは茉莉のほうだ。
『卒業までの暇潰し』であるというのなら、それは黒尾のほうではないのか。
黒尾に想いを寄せている女子は、一人や二人じゃない。
自分なんて___…
「服、汚しちまうけど、悪い」
「あ、っ」
「俺も、もうちょい」
茉莉のナカにある黒尾自身はいまだに力強く脈をうっている。膜越しでも伝わる熱を抜かぬまま、茉莉の後頭部に手を添えて体位を逆転させた黒尾は茉莉を優しく床に寝かせた。
跳ねた髪のシルエットが一段階視界を暗くする。大きな目とは言えないけれど、見下ろされた片方の瞳の奥はとても綺麗だ。
微かに笑んだ唇が開いて、無音の空間に黒尾の息遣いがそよぐ。
「俺、___お前のこと逃がさねえから」
「鉄…っ、」
甘えてくる猫のように目尻を舐め、黒尾は律動を速めて動き出した。
先ほど達したばかりの茉莉も再びオーガズムの波に襲われる。
この、目の前で揺れる黒尾の悩ましげな表情を初めて目にした時は、ありとあらゆるものを根こそぎ食べられたような気分になったものだ。
唇から零れる声はまるで濃厚な果汁が滴るように甘く、このひととのセックスは心臓がいくつあっても足りないと思った。
初めてのキス。
初めて言葉を交わした一言。
対面した瞬間。絡んだ視線。
遠くから、初めて黒尾鉄朗という男の存在を見つけた時の、世界の色。
何もかも全てが、こんなにも特別なのに。
逃げる? 誰が? 鉄朗じゃなくて私が? そんなことあり得ない。
茉莉は思う。
ああ、そうか。だからか。
瞳を綴じた裏によみがえる黒尾の手の感触と、捕らわれた痛みの正体は
黒尾の憂いや焦燥だ。