第5章 [て] 天に梔子-くちなし-....R18
黒尾との待ち合わせを図書室に指定したのは茉莉だ。
音駒高校の図書室は別館の最上階にあるため利用者も少なく、放課後となれば人影もない。近くに大きな区の図書館があることも理由の一つだろう。入学当時から頻繁にここを利用している生徒は茉莉くらいで、特に、この時間に誰かと顔を合わせたことは一度もなかった。
「……本当によかったのか?」
「なに、が?」
「だってお前、今日塾の日だろ」
「知ってて、誘ったくせに」
両腕はいまだ腰の後ろで掴まれたまま、背後から耳元にやってきた黒尾の伸びやかな低音が、茉莉の外耳道を抜け鼓膜に流れ込んでくる。ほんの少しだけツン、と鼻を高くして、茉莉は自分の唇を黒尾の頬に軽く押し当てた。
どちらともなく唇を重ねる。
関節の頑丈そうな指が片方茉莉の鳩尾に添えられた感覚も、歯列を縫って入り込んできた甘い舌が全てを奪う。大きな身体と長い首を前に突き出し距離をぐっと詰めてくれる黒尾のおかげで、先ほどのような負担はなくても背後に立つ黒尾との口付けに不都合はない。
密着した身体と仄暗くなりかけている空間に響く水音が、一度離れた二人の唇から吐き出された吐息に熱をもたらす。
「……まあ、なんだその、今日は」
「ごめん、嘘だよ。鉄朗から言われなきゃ、私から誘ってた」
「………」
「お誕生日、おめでと」
「……知ってたのか」
「ううん、知らなかった。今朝知ったの」
ポーチに携帯したヘアスプレーをひと吹きし手洗い場から教室へ戻ると、クラスメイトの女子が茉莉の席に腰を下ろして黒尾と談笑している様子が目についた。
黒尾に向けられたおめでとう、の声はふわふわと甘たるく、ほんの少しだけ胸焼けがした。
教えてくれれば良かったのに。そう言うと、手首を持つ黒尾の手が緩む。
「あー、うん。なんつうかタイミングが…。ほら、お前の誕生日は過ぎてから付き合い始めただろ? 俺ら」
「あれ、私も教えてないよね?」
「俺はなんでも知ってるんですー」
「まってそれ怖い」
「だから俺ばっかりっつーのもどうなんだと思ってさ」
「……鉄朗ってそういうところあるよね」
「どういうところ?」
「意外と気を使うよねってところ」
「意外ではなくいつものことです」
「…………」