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私の中、私は生きる

第1章 私の中、私は生きる


「...うーん。...じゃあ、ミカンなんてのはどうですか?」
そう、閃めいたかのようにその名前を放った。ミカン...か。きっと女性は、私の事をそういう人とみてくれているのだろう。どちらにしろ、良い名前に変わりは無い。
「凄い温かい名前で、私は好きですよ。気に入りました。私は、ユリさんと呼ばせて貰いますね」
「はいっ!」
女性は...ユリさんは、花が咲いたように喜んで、軽く手を掴むと興奮して勢い良く上下に振る。余程嬉しかったのだろう。この名前を付けたのには理由がある。初めに会った時は、炭を掛けられたように元気が無さそうにしていた。だから、若しこれからこの人と一緒にいるだとしたら、この人には少しでも笑顔でいて欲しかったから。

 上を見上げても、地面を照らすものは何も無い。あるのは、真下を照らすだけの街路灯のみ。この世界は何処か、小さい頃に入った押入れに似ているような気がする。小さい頃、かくれんぼで隠れた押入れの中。その暗闇は、私に高揚感を与え好き好んだ。しかし、大人になって入った押入れは、何処か寂しく孤独を感じて、避けていた気がする...。
 地面に敷き詰められた煉瓦に目を落とすと、所々罅割れて年数が経っているように感じる。踏み締める度に、煉瓦の破片同士が擦れ合い、靴音に重なって耳に届く。
「見えてきました。あのお店です」
女性は、キッチンカーの屋台のようなお店を指差して、子供のように燥いでいる。周りを見回した限り、店らしい場所はここにしか無い。私を置いて走って行くユリさんの後を追うように、足早に屋台に向かう。近くまで来ると、お店の細部まで視認出来るようになり、白のガーデンパラソルの下に隠れる野外席が確認出来た。
「おっ、今日も来て下さったんですね。あれ、そちらの方はお見受けしたことが無いですが、お名前は?」
先に着いたユリさんは、キッチンカーから顔を出す男性に、子供のように身体を乗り出して何かを話している。その男性は私に気付くと、後方部にある数段程度の鉄製の階段を下り、私たちを野外席まで案内する。
「ミカンです。まだここに来たばかりで、ここの事は良く分からないんです」
私たちは、椅子を引いてそっと腰掛ける。この男性の質問の内容に、先程のユリさんの言葉を思い出して、付けて貰ったばかりの名前を答える。
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