第1章 おやすみ
俺が悶々と思惑に耽っていると彼女は俺の頬を指先で突っついた。むに、とへこむ俺の人工皮膚に彼女は感嘆の声を上げた。
「柔らかいんだね。ほんとの人間みたい」
「だろ。二の腕もふかふかだぞ」
「ほんとだー」
嬉しそうに俺の二の腕に触れた彼女の顔色は随分良くなっている。
よかった。元気になったみたいだ。
「お水飲んでお話ししてたら落ち着いた。ありがとう、セイ」
「お役に立てて何よりだ。サイン会、楽しんできてな」
「うん!あの、また会える?」
「ああ、きっと」
目の前に広がる海が音を立てて踊る。
どちらからともなく立ち上がって別れの言葉を交わした。俺はいつだかそうしたように、両手を上げた。
彼女は顔を綻ばせて同じように両手を上げる。そして、俺の手にタッチした。
ぱちん。
軽快な音にはっと目を開く。
彼女の真ん丸になった瞳と目が合ったまま離れない。
押し寄せる感情の波。そして、記憶。
欠落していたデータが急速に修正される。
彼女の瞳からは大粒の涙が溢れていた。
今まで俺はただの「セイ」だと思っていた。
でも、違ったんだ。
──ああ、お前だったんだな。
俺は、ずっと「ゆうのセイ」だったんだ。
どうして忘れていたんだろう。
また逢えた。まさか逢えるなんて思ってなかった。
俺は何も言わず、彼女を抱きしめた。
ずっと、ずっと。こうしたかったんだ。
腕の中にある、確かな温もり。
俺は涙は流せないけれど、頬が濡れるような感覚がして短かな声を出して笑った。