第9章 からふるどろっぷすす from ドラジェ ─dragee─
「あ、櫻井さん。おはよございます」
午後六時。
仕事を終えて、事務所のあるマンションの部屋に入ると、事務の藤ヶ谷くんが待機部屋から顔を出した。
「相変わらずきっかり6時出勤ですね…さすがです」
腕時計を見ながら、苦笑いしている。
まだ十代だというが、こんなリーマンの接待みたいなことも言うから、よっぽど世間の荒波をくぐってきたんだろうと思っている。
「おはよ。今日は何件?連絡なかったけど」
俺は昼間は普通のリーマンしてて夜専門だから、いつもなら17時の出勤連絡には今日の予定が返信されてくるが、今日はなかった。
忙しいのかなと思って、直接事務所に来てみたんだが。
「ちょっとねえ…コロナの影響で…」
「え?まじで?もしかしてNO予約?」
「そうなんですよー。それに櫻井さん、人気あるから予約取れないって思われてるから…余計にね」
「あー…クソ…暇だな」
ここは”ヒュアキントス”。
ギリシャ神話の美少年の名前のついた、この店は…
風適法に基づいての届け出なんかしてない。
いわゆる非合法な、お店。
男性相手に男性をデリする店だからだ。
だから普通のデリヘルと違って、ホームページなんかないし、客はすべて口コミでしか受け付けていない。
俺は現在ここではナンバーワンという扱いになってる。
ここで働いてるのは、ただの暇つぶしなんだけどね。
経営者はヤクザさんだけども、俺たちには害は全く無い。
あと、酷い客があまり居ないし。
なんせ法外な料金だし。
だから客はハイソなセレブが多い。
なんならチップも弾む程だ。
でも…意外と人気が出て、ちょっと戸惑ってる。
別に借金もないし、決まった恋人も居ない。
ただ…並外れた性欲を、毎晩持て余している。
だから勝手にセックスの相手が探さなくても向こうからやってくるこの仕事は、俺にピッタリだった。
お互い脛に傷持つ者同士、秘密が漏れる心配はなかったしね。