第5章 抱き続ける諦念と愛惜の想い
潤が今か今かと待ち兼ねていた知らせが届いたのは、翔の屋敷を訪ねてから、八日程が経った頃だった。
潤は頼まれていた仕事を早々に切り上げ、昌弘の待つ長屋へと、道具箱を肩に担ぎ走った。
「父ちゃん!」
建付けの悪い戸を開け、一目散に昌弘の元へ駆け寄ると、丁度風邪を拗らせ、床に伏せっていた昌弘の額に手を当てた。
「熱は無いみたいだな…」
自分の額と昌弘の額の温度に差がないと感じた潤は、放り出したままの道具箱を片付け、罅(ひび)の入った茶碗に亀から汲んだ水を注ぎ、一息に飲み干した。
それから釜にかけてあった鍋に軽く火を入れた。
「少しくらい食えるだろ?」
背を向けたまま潤が問いかけると、昌弘はゆっくり身体を起こし、布団の上にかけてあった半纏を肩にかけた。
その様子を気配だけで感じ取った潤は、木椀に程良く温めた菜っ葉の味噌汁を注ぎ、固くなった米を浸してから、木匙と共に昌弘の元へ運んだ。
「悪ぃな…、お前ぇに面倒かけちまって…」
枯れた声で昌弘が言うのを、潤は首を横に振り応える。
「で、仕事はどうだったんでぃ。まさか粗相なんかしてねぇだろうな?」
たとえ床に伏せっていても、やはり仕事の事が気になる昌弘は、十が差し出す椀にも目をくれず、矢継ぎ早に問いを投げかけた。