第4章 二つの神に宿さるる生命
昌弘と潤親子が去った板間で、空になった湯呑みを片付けながら、智が小さな溜息を一つ落とす。
その傍らでは、翔が買い付けて来たばかり顔料を、一色ずつ丁寧に壺に納めているが、智に気を向ける気配はなく…
「本当に私で良いのでしょうか…」
智が溜息混じりに呟くが、目もくれず黙々と作業を進める。
とうとう業を煮やした智が史机の向かいに座るが、それでも翔は作業の手を止めることはしない。
「お師匠さんてば…」
翔が一度集中を始めると、ちょっとやそっとじゃ脇目を振らないことは、智も十分に承知はしているが、それではいくら気の長い智でも、少しばかり怒れてくるのも無理はなく…
「今日の夕餉は抜きにしますからね。良いですね」
智は両の頬を、まるで大福のように膨らすと、外した前掛けを史机の上に置き、次の間へと続く襖を開けた。
もう、知らないんだから…
後ろ手で襖を閉め、襖を背にその場に座った智は、両手で抱えた膝の間に顔を埋めた。
絵図を描くのは好き。
いつかお師匠さんのように、自らが描いた絵図を彫ってみたいと思っていた。
でも…
こんなにも早くその時が来るとは夢にも思っていなかった智は、抱えた膝の間にいくつもの溜息を落とした。