第10章 花脣なぞる指先に、彼の人の玉脣を想う
「わ、私はただその…、何と言うか…」
赤くなった頬を両手で包み、いかにも恥じらう素振りを見せる智に、和也は思わずこみあげる笑いを堪えきれず…
「く、くくく…、そうかそうか…、くくく…」
まるで誂うかのように智の肩を叩いた和也は、丁度米の炊きあがった釜の木蓋を開けると、途端に立ち上る湯気に鼻をくんと鳴らした。
「飯にしようぜ」
「え、ええ、そう…ですね…」
尚も肩を揺らし続ける和也に、少々不満気に唇を尖らせながらも、智は普段通りに朝餉の支度を済ませた。
互いの膳を挟んで向き合い、行儀良く両手を合わせてから箸を手にした智は、ついさっき和也に言われた言葉を思い返し、小さく息を吐き出した。
私があの方に抱いているこの気持ちは、一体何なのかしら…
和也の言うように、もしやあの方と情を…?
まさかそんな…
だって私にはお師匠さんがいるし、それに私は…
でも、もしそうなのだとしたら、私はどうすれば…?
答えなど到底出せるわけもなく、智は食事の合間も自問自答を続けた。
その様子を、ただただ黙って見ていた和也は、早々に空になった茶碗を片付け、盥に溜めた水に、汗のたっぷり染みた着物を浸した。