第7章 猜疑と当惑に揺れる心
「嫌です。一月もなんて…、嫌…」
普段聞き分けの良い智が、珍しく駄々を捏ねる。
これまで翔と数日離れることはあっても、一月も離れたことなどない智だから、当然と言えば当然のことなのだろうが、翔はどうしたものかと困り果ててしまう。
「お断りすることは出来ないのですか?」
「それは…」
やむを得ない事情でもあればそれも可能だろうが、そうでもなければ藩からのお達しを断ることは、そうそうあることではないし、それによってお上から咎めを受けることも有り得る。
「なあ、頼むからそう駄々を捏ねないでくれ」
「だって…」
智は赤くなった鼻をすっと吸うと、翔の襟元をきゅっと握り、胸に顔を埋めた。
それからというもの、智は翔と片時も離れることを嫌がり…
町に買い付けに出ると言えば、泣いて駄々を捏ねることも一度や二度ではなかった。
そんな折り、智が昼寝をした隙に買い付けに出た翔は、たまたま川原に立つ和也を見かけ、駆け寄り声をかけた。
翔は和也に洗いざらいを話して聞かせ、その上で和也に頭を下げた。
「済まないが、頼まれてはくれないか」と。
それが、後々翔の心に暗い影を落とすことになるとは、露とも知らずに…
【猜疑と当惑に揺れる心】ー完ー