第7章 猜疑と当惑に揺れる心
最後に潤が昌弘と共に翔の元を訪ねた日から、数えて丁度十日を過ぎた頃のことだった。
縁側に座り、おすずと何やら楽しげに話ている智が、ふと思い出したように門扉の方を向いた。
「お師匠さん…」
「ん、何だ?」
智の呼びかけに、史机に向かっていた翔が顔を上げる。
「約束の日をとうに過ぎたと言うのに、起こしになりませんね?」
言われて翔は顎をすりすりと撫でると、場を縁側へと移し、智の横に腰を下ろした。
「もしや、お忘れなのでしょうか?」
「いや、そのような事は無い筈だが…」
曇る智の顔を見つめ、翔はそっと頬を撫でてやる。
普段の智なら、そうすることで表情を明るくするところだが、幾ら翔が撫でても簡単には曇りが晴れず…
「使いの者に言付けも頼んだことだし、きっと仕事が忙しいんだろう」
現に、今度町に大きな橋がかけられるらしく、昌弘達職人は勿論のこと、潤のような若い衆も皆、費用取り(日雇い)仕事に出向いていると、つい最近人伝に聞いている。
だから、智の気を晴らすために翔がついた嘘でもない。
「そのうち知らせが来るだろう」
「そうでしょうか…」
どうにか言い宥めようとするが、智は全く聞く耳を持たず、一向に智の顔から曇りが晴れることは無かった。