第11章 闇 終
あのとき、なにがなんでも、
薬をもらい、飲ませればよかった。
カカシは、深く暗い後悔を
頭で言い放った。
「とうさ、ん……?」
静かな玄関。薄く冷たい空気の中で、かすれ声でカカシは聞いた。
起きてる?
寝てるの?
起きてるんでしょ?
言葉を出そうとしたとき、
異臭が鼻につく。
リビングから漂う、
金属的な匂い。
これは、血だ。
血の匂いだ。
しかも多量……
心拍は、一気に吹き上がる。
「っと、父さん!!」
カカシは、戸口の鍵を締めるのも忘れ、靴を脱ぎ捨てた。
玄関で、手をついた。よろけて小上がりで転けた。膝がじんじん痛んだ。どうだっていい。足の裏に力を入れて、廊下を蹴った。
「父さん!!!」
焦燥に駆られ叫び、
ドタドタ足音をたてた。
近づけば、近づくほど、わかる。
異常な血の匂い。生気を感じない気配。
「父さん……?」
カカシは、焦燥に駆られるのに、リビングのドアの前に立った。ノブに手をかけれない。
返事がほしい。うめき声ひとつでいい。声を聞きたいのに、サクモからの返事はない。
カカシは、ノブに手をかけ、リビングへ入った。
重く真っ暗なリビング。黒い塊が床にある。早く確かめないと……。そう思うのに、蛍光灯の紐を引っ張れない。勇気がない。震える手で、黒く大きな身体に触れた。
「父さん、父さん……」
サクモの大きな背中を、
ゆさゆさと揺すった。
返事はない。呼吸はない。
身体が冷たい。匂いはサクモだ。
……数時間は たっている。
死後硬直が始まっていた。
電気……
電気をつけて、
なにがあったか、確かめないと。
震える手を上げて、
蛍光灯の紐を探した。
膝はぶるぶると震え、
立っているのが不思議だった。
そのときだ。
カツンと、足もとで 音が鳴る。
なにか、鋭利な刃物を蹴った。
窓際に転がる。カカシは床を見た。月明かりの中で光るもの。刃物の先には、赤黒く変色した血が付着していた。
カカシは、
ひとすじの汗が背中に流れた。
灯りをつける紐を見つけた。
もう、引っ張れない。
床に転がるのは、小さな包丁だ。
果物ナイフ。
月明かりの中で
ギラリと光った。
敵にやられたならば、
クナイのはずだ。
カカシは、手足が震え、
靴も履かずに、悲鳴をあげ、家を飛び出していた。