第26章 別離②(輪虎side)
決戦前日、天幕には副官がいた。
「止血はしっかりできています。しかし動きはやはり…」
副官にははっきりと焦りと不安が見て取れた。
「うーん。そうだね。動きがかなり鈍いや。ま、でも右手は問題ないから大丈夫。それに馬は問題なく乗れる。」
そうニッコリ微笑んだ。
「しかし…」
「心配なら試してみる?君に心配かけるなんて僕も落ちたもんだな~」
さらに笑みを深めた。
「い、いえ!とんでもありません!」
副官はかなり焦っていてその反応が面白い。
「ふふっ、冗談だよ。ホントに大丈夫。それより兵の半分近くが殺られた。明日には間に合いそう?」
「介子坊様の兵と魏国の兵とで数としては賄えます。ただ、やはり今まで通りの動きという訳にはいかないかと…」
また副官の顔が曇った。
「そうだよね~…とりあえず兵達の士気が下がらないようにして、明日の布陣を確実に伝えておいて。で、みんな早く休むように言っておいてね。」
「はい!明日、必ず輪虎様のお役に立てるように努めます!」
そう言った副官に不安の表情はなかった。
「うん、よろしくね。」
改めて笑顔で伝えると副官は天幕を出て兵達の元へ駆けて行った。
「……ふぅ…確かに右手が動けば問題ない。でもあの子が相手じゃなぁ…なかなか苦労しそう…」
思わず苦笑いすると葵から貰ったお守りを握り締め天幕の外へ出た。
「そういえば…」
お守りの中身を見てなかったことに気付き開けてみた。
中には葵の言った通りシロツメクサの押し花、それと小さな木札が入っていてそこには綺麗な文字が見えた。
《我爱你(愛してる)》
「文字なんていつの間に覚えたんだろ……」
驚きと葵への想いを改めて胸に抱き空を見上げた。
「分かってる…必ず帰るよ………」
綺麗な三日月が見えた。
その時、風に乗ってふっと葵の歌声が聞こえた気がして振り返った。
「まさかね…」
そう呟きながら、でも微笑まずにはいられなかった。
「明日だ…明日で終わる。待っててください、殿。葵…必ず君をこの手で抱き締めるから…」
きつく手を握り締めながら天幕へと戻った。