第37章 〖誕生記念〗焦れる想いを濃紺の冬空に咲かせて / 徳川家康
(もうすぐ到着か…長かったな)
思わず、安堵の溜息が漏れる。
陽が落ち始めた寒い空気の中、馬を走らせながら、俺は逸る気持ちを抑えるように手網をぎゅっと握りしめた。
信長様から遠方の大名の元へ行けと言われたのはひと月程前のことだ。
最近信長様の傘下に入った大名だが、俺とも縁があった大名だったために、ある公務を任され…
そのため、しばらく安土を離れていたのだ。
今回は恋仲である美依も同行不可。
つまり、必然的にひと月の間離ればなれで…
故に帰る頃には、俺の『美依欠乏症』は頂点に達していた。
────早く会って、触れたい
その思いで、一心に馬を走らせる。
美依と恋仲になり、これほど長い期間離れている事は、今までになかった。
あの子の温かさや匂い、感触や声。
それらはすでに俺を中毒にさせるほど虜にし、もう俺の中では無くてはならないものになっている。
だから…ひと月も離れていた状況で、すっかりそれは欠乏し、もう耐えられない状態だった。
一刻も早く、顔が見たい。
会って触れて、あの子を堪能したい。
その思いが募るに募って……
既に俺の色んな部分が麻痺していたのかもしれない。
そう、まさか───………
あの子をあんなに怒らせてしまうなんて。
「家康様、おかえりなさいませ!」
「うん、ただいま」
その日の夜、月がすっかり昇った頃。
俺は安土の御殿へと到着し、女中達に出迎えられた。
おかしいな、美依はどうしたんだ?
てっきり待っていてくれていると思ったが。
少し寂しく思い、女中に荷物を預けていると、廊下の奥からバタバタと走ってくる音が聞こえ…
そちらに目を向けてみれば、俺の焦がれて止まなかった人物が少し遅れて姿を見せた。
「美依」
「家康、おかえりなさい!」
「ただいま」
「ごめんね、ちょっと居眠りしちゃって…待ってなかった訳じゃないんだよ!」
見れば、明らかに寝起きといった様子の美依。
まあもう夜も遅いし…眠くなっても仕方ない。
待っていないなんて思っていないし、むしろ仕事などで疲れていたのに、無理して起きていてくれたのだろう。