第29章 〖誕生記念〗想ウ、君ノ名ハ【後編】/ 徳川家康
『家康になら、何されても───………!』
それは禁断の言葉だよ、美依。
それ……言ってどうするの?
俺には、何をされてもいいなんて、
それは『あの日』を肯定する事だから。
『無かった事にしようね?』
そう言ったのはあんただよ。
だから、想いを告げる事もしないまま、
あれは一時の過ちとして……
そう俺の中には記憶されたのに。
それを今更覆す言葉だよ、それ。
期待させないでくれ。
後から落胆したくないから。
ただの勢いや、流されて言っているなら、
今すぐ撤回して、美依。
────今ならまだ、踏み留まれる
気持ちが堰を切って溢れる前に……
「美依、あんたばかなの?」
無言で立ち竦んでいた俺達。
先に言葉を発したのは、俺だった。
この空気は駄目だ、絶対。
そんな潤んだ瞳で見つめられて……
すでに、気持ちのタガが外れそうになっている。
「何ばかな事、言ってるの」
「家康……」
「それは、絶対言っちゃ駄目でしょ」
「……っ」
「……車、取ってくるから」
敢えて冷たい言葉を掛け、手をやんわり振り払う。
美依はそれでも俺を見つめて……
それは何か期待しているような、そんな視線に思えた。
(美依が俺に何を期待するって言うんだ)
今更な関係、俺達がどうこうなるなど……
そんな選択肢は、はなから無い。
変に美依を泊めたりしたから。
だから、今更心が揺らぐんだ。
でも──……
────もし、美依が『そう』だとしたら
(……っ考えすぎ)
俺は美依を残し、車を取りに行くためにその場から去った。
俺こそ、何馬鹿な事を考えているのだろう。
もし、もしかしたら美依が……
俺の事を、好きかもしれない…なんて。
そんな事あるわけがない。
あったとしたら、数年前の『あの日』に俺達は結ばれていた筈だ。
だって、両想いなのだから。
でも美依が無かった事にしようと言ったのは……
その行為が、
許せなかったからだろう───………?