第37章 今生きて、此処にいる
トロスト区へ帰還すると、壁内の民衆がガヤガヤと野次馬に出てきた。
予定より早い帰還のため、作戦失敗は明白だ。
隊列を見ながらヒソヒソと陰口を叩く者、酷い野次を飛ばす者、それぞれだった。
そんな民衆を見てなんとも悔しい気持ちにさせられたが、団長を始めとする上官達の判断は決して間違いなかったと自信を持って言える。
あの状況で、あれ以上無駄に兵士の命が奪われる事は断じてあってはならなかった。
そう信じていたクレアは、ひたすらに心を無にして聴覚をシャットアウトすると、前だけをみながら兵舎へと向かった。
兵舎に到着すると、クレアは医師に重症兵士への処置内容を報告し、すぐに後回しになっていた軽症兵士の治療に入る。
「後回しにしちゃってごめんねリリアン……痛み、強くなったりしてない?」
「い、いえ…大丈夫です…」
その中には新兵のリリアンもいた。
リリアンは見事に討伐補佐を1体決めたのだが、着地に失敗をして、手首と顔に軽症を負ってしまった。
幸い手首に腫れはなく、折れてはなさそうだ。
「!?!」
しかし、軽症にもかかわらず顔色が悪いのにクレアは気づく。
まるで全身の血を抜かれたかのようにみるみると顔面蒼白になっていく。
「リリアン大丈夫?気分悪い……?」
「あ…すみません…だいじょう………うぅっ!」
リリアンは口元に手をあてると、震えながらうずくまってしまった。
「た、大変!!ちょっと待っててね!!」
クレアは急いでバケツを持ってくると、落ち着くまで背中をさすってやり、横にさせた。
「すみません……ちょっと…色々思い出してしまって…」
「落ち着いて…リリアンは生きて帰還したんだから今はもう大丈夫。無理しないで横になってて。」
ミケ班はフレイアを含み死亡兵はゼロだったが、この様子だと実際に巨人が他の班の兵士を食べる光景か、もしくはその残骸を見てしまったのかもしれない。
精神的なショックは身体の傷よりもはるかに厄介だ。クレアはリリアンの震えが止まるまで背中をさすってやる事しかできなかった。