第36章 奇行種と新兵たちの初陣
──壁外調査当日──
「コレでよし!行こう。」
髪を結い上げて香油を塗ると、クレアは一度だけ目を閉じて願う。
壁外調査の朝に願うのは毎回ただ1つ。
──生きて戻ってこれますように──
ハンジやリヴァイ、モブリットにフレイアの顔を浮かべながら心の中で唱えると、クレアはフレイアを起こさぬようそっと扉をあけ、リヴァイの執務室に向かって歩き出した。
壁外調査の日程が発表されてからはなんだかあちこちから声がかかり、自分の身体が引き千切れてしまいそうな程に忙しかった。
その上リヴァイの機嫌を損ねてしまい、挙げ句の果てにはお返しとばかりに一服盛られてしまった。
話に聞けばそれは自分がいつも精製している媚薬だというではないか。
いつも自分達で生産しているものにも関わらず、盛られているのに気づかずに服用してしまうなど、なんとも情けない話だとクレアは落ち込んだ。
しかし、そんなクレアに落ち込む暇など与えぬとばかりにハンジはこの媚薬の使用感や感想、改善点などを聞きたがった。
あの夜の翌日は、イスに縛り付けられ分厚い尋問表を片手に一晩中効能について白状させられたのだ。
モブリットの制止も効かずに日付を軽くまたいだことは言うまでもないだろう。
そんなこんなで今日まであっという間だった。
まだ兵士達は眠っている時間だ。シンと静まり返る廊下を足音が立たぬよう歩いていると、少し遠目に長身の兵士の姿が目に入った。
こんな時間に誰だろうか。
「あれ?アンドレ…?」
「…………?!」
お互いに目を合わせたまましばしの沈黙が走った。
ここで声をかけたのはまずかっただろうか…
クレアが謝ろうとしたその時だった。
「えと?クレアさん…ですよね?」
「えー?」
アンドレの意外な返事に思わず変な声が出てしまった。