第零世界「メレンス」ースカ―ヴァイス・フィレアの章 始記
第3章 第三章「魑魅魍魎の忘却曲線」
「それと、さっきも言ったがその娘はここに置いて行きなさい。あんたの身に何があっても知らんぞ。」
住職は、強めの口調で声を荒げた。しかし、竹華ちゃんかも分からない娘を一人置いておく訳にいかない。竹華ちゃんのお墓は、この住職が管理している寺にあるのだから、竹華ちゃんについて何かしら知っている事がある筈。でも、それ以上に、幼い娘をこんな薄暗い山奥に一人、置いておく事が許せなかった。
「いえ、この娘はここに一人で置いておけません。連れて行きます。」
住職は、抜けたように笑い後ろに向きを変える。
「ふっ、面白い子だ。人か妖さえ分かっていないあんたが、この娘と一緒にいたいとは。...あんたの好きにすると良い。」
「好きにします。」
そう、住職に反抗するように言った。竹華ちゃんは、話を聞いていたのか聞いていないのか、甘えているばかりだった。
「抱っこしようか?長い道歩いたら疲れちゃうよね。」
竹華ちゃんは、何かと戦っているのか、頭を振ったり自身の頬を叩いたりと、良く分からない事をする。
「一人で、歩けそうかな。」
私は、そう解釈をして、先を歩く住職に付いて行く。そう一歩足を踏み出した時、竹華ちゃんがパーカーの裾を引っ張って、私の顔を口を半開きにして見る。どうやら、私の解釈は間違っていた。先程の不思議な動作は、どちらか迷っていたみたいだ。
「はい。」
私は、静かに腰を竹華ちゃんが乗れる高さまで落とす。竹華ちゃんは、腕で私の首に輪を作ると、優しく凭れた。背中に触れる体温は、水月ちゃんよりも温かくて、とても小さかった。
「住職さんのお名前って、何ておっしゃるんですか?あっ、私はスカーヴァイス・フィレアって言います。」
すると、前を歩く住職の足がぴたりと止まった。
「通りで、何かが可笑しかったのか。もう、私の記憶から消えかけてたよ。因幡 苣清(いなば ちさしょう)。好きに読んでくれて良いよ。」
「じゃあ、苣さんって呼ばせて頂きますね。」
苣さんは、前を向いたまま不気味に笑った。しかし、直ぐに歩き出した。
「苣さん、私を追い掛けて来ていたのが八尺様で無いとすると、何者なんですか?」
私は、急いで苣さんの後を早歩きで追う。