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第零世界「メレンス」ースカ―ヴァイス・フィレアの章 始記

第4章 第四章「第八深淵少女」


気付いた時には、水月ちゃんの呼吸音が分かる近さで、私の顔を覗き込んでいた。それに驚いた私は、つい一歩足を引いてしまった。
「うーん、明日の仕事の事を考えてた。」
私は、水月ちゃんの信じそうな嘘を口にする。でもそれが逆に駄目だったみたいで、心に残る不安感を増長させてしまったのか、顔を落として静かに私の右手を握ってくる。たった今、水月ちゃんについて考えていたのに、こうやって踏み外すのは私の悪癖だ。
 私は、水月ちゃんの手を握り返す。水月ちゃんは、眼尻を下げて見下ろす私に、口を半開きにして見ている。水月ちゃんは再び顔を下ろすと、次は二の腕に顔を近付けて腕を絡めた。
「苣さんいるかな...。この時間帯、いる時といない時があるから。」
苣清さんの事は、この寺に何度も訪れている水月ちゃんだからこそ、把握している事なのだろう。
「じゃあ、先ず苣清さんを探そうか。挨拶くらいしていかないと失礼だからね。」
水月ちゃんは、「うん。」と小さく声に出して頷いた。私が一歩踏み出すと、水月ちゃんはそれに合わせるように付いて来た。
 山門を潜り、寺の敷地内に足を踏み入れるが、風に揺れる葉の音しか耳には届かず、人の気配は感じない。周囲の木々は、この寺を囲うように生えていて、敷地内には雑草が隙間から(何の隙間?)顔を出している。花は全く植えられていないみたいで、トロッケン山とは異なり余り色味を感じない。ここまで来る山道が荒れていた事も考えると、とても観光目当てで来るような場所では無いようだ。
「うーん、苣さんいないね。」
水月ちゃんは、私から手を離して殺風景な敷地内を見渡し、苣清さんを探す。
「普段苣清さんがいる時って、何処で何をしている事が多いの?」
そう言うと、水月ちゃんは一つの場所に指を差した。水月ちゃんが教えるその先には、寺に続く舗装された道の隅に置かれた長椅子があった。
「苣清さんは、大体昼間はあそこに座ってお茶飲んでるよ。」
水月ちゃんは戻って来て、私の手を取り直す。水月ちゃんは、今日は苣清さんがいない日だと悟ったのだろうか。私の手を引いて、何処かに向かって歩く。
「私が来れない日は、苣さんが代わりに竹華ちゃんのお墓を掃除してくれるの。別に頼んだ訳じゃ無いのにね。」
そう、少し苦笑いした様子で話していたが、幸甚である事は水月ちゃんも分かっているだろう。
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