第5章 暗夜
「あ…、その、それは」
「怖いのか」
「…はい」
私は目を伏せた。
夜が怖い。 真っ暗で誰もいなくて何が起こるかわからない、夜が怖い。
ヤーシュ様がフウとため息をついたのが聞こえた。
あっ…あ、どうしよう。呆れられたかもしれない。
私だってもう子供じゃないのに。私はこの屋敷で働かせてもらっている使用人なのに。
これじゃあワガママな幼児みたいだ。
どうしよう。
ヤーシュ様に呆れられたくない。 ヤーシュ様に見捨てられたくない。
ちゃんと部屋に帰らなきゃ、ちゃんと一人で寝られると言わなきゃ。
うつむきながらアレコレ悩んでいるうちに、ヤーシュ様の方が先に口を開いた。
「今日からボクの部屋で寝ろ」
「えっ…」
顔を上げるとヤーシュ様と目が合った。
いつのまにか書類から顔を上げ、彼はまっすぐに私の方を見つめていた。
そうして立ち上がり、彼の小部屋の扉を開くと、おいでおいでと手招きをした。
さそわれるままに部屋に入ると、 寝台に座らされた。
「服をくつろげて、寝ていろ。ボクはまだ仕事がある」
そう言い残し、部屋から出て行った。
やだ…もっと側にいてほしい。いつでも見えるところにいてほしい。
そう思ったけれど、あまりにそれはワガママなので、私は言葉を飲み込んだ。
ここで寝かせてもらえるだけでも、ありがたいと思わなきゃ。
服を脱いで下着姿になり、寝台の中に潜り込んだ。
ほどなくして、こぢんまりした扉がギィと音を出して開いた。
あらら?
ヤーシュ様が、大量の書類と本と燭台を抱えて部屋の中へ入ってきたのだ。
小部屋の隅には小さな書き机がある。その上に書類や本を山積みにして、ヤーシュ様は仕事を再開した。
「明るくても我慢しろ」
それだけ言ったヤーシュ様の顔は、いつもと同じどこか冷たくて感情のなさそうな顔だった。
でも私はその時、
ああ、この方は何て愛に溢れているのだろう
そう思ってしまったのだった。