第6章 漆黒の中の懐古と猜疑
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今日はなんだか頭がぼーっとする
きっと今朝見た夢のせい
いつもの夢だったけど
いつもとは少し違う
あの声は…おばあちゃん…?
ハンドミキサーの音がどこか遠くに聞こえ、ぼんやりと手元を見つめる
思う様に固まらないメレンゲはまるで私の頭の中のよう
不明瞭な何かが思考を鈍らせて、無意識に深い溜息がはぁと漏れた
――カランコロン
来客を告げるベルの音と共にガタガタと建付けの悪い硝子戸が開けられる
店と台所とを隔てる扉は開放していたためか、それは鮮明に耳に伝わり、靄の中から意識が戻された
…乱歩さん?
手を止め、顔だけを店内へと覗かせると、昨日会ったばかりの人物がひとり
私の姿を目に留めるや否や、大きな黒い瞳がにこりと弓なりに変わり、こちらも条件反射のように自然と笑顔が溢れた
「潤くん!」
「こんにちは、今大丈夫?」
白いマスクから漏れる柔らかく優しい声
昨日とは違う品の良いスーツを着こなして、こんな古臭い駄菓子屋には何だか似つかわしく思えたり
「今日もこっちに戻ってたんだ」
「うん、ちょっと所用でね」
滅多にこっちには戻ってこないのに、2日連続だなんて珍しい…
そう頭の端で考えながら急いで店内へと戻ると、潤くんは気不味そうに眉を下げ、視線を足元へ泳がせながら何か言い淀んだ
「どうしたの?」
「えっと…その、昨日の事、謝りたくて…」
昨日…?
もしかして乱歩さんとのこと…?
確かに昨日の二人は一触即発の状態で、正直どうしたらいいのかわからなかったし、あんな態度の潤くんは初めて見たけれど…
でもあの後、乱歩さんはいつも通りの様子な上、潤くんの話題に触れることもなかった
ただ何故か遅い時間まで帰らずにいたくらい
「私は別に…」
「いや、雰囲気悪くしちゃったし…格好悪いところを見せてしまったなって…。
本当、ごめん…」
しゅんと悲しげに眉を下げ、私の態度を伺うかの様に視線を上げる
それが目に映った瞬間、奥底に眠っていた懐かしい記憶が不意に思い起こされた
――それは十数年前のあの頃の私達