第5章 対極者
玄関へと続く廊下を小走りで駆け抜けると、パタパタとスリッパの音が響く
突き当りをL字へ曲がった先には、訪問客が一人佇んでいた
「すみません、お待たせしました…」
黒いストライプ生地の小奇麗なスーツに身を包み、背丈を真っ直ぐに伸ばして待つ若い男性
日の光で映える亜麻色の髪とマスクで隠した口元が印象的な私がよく知る人物だった
「潤くん!」
「お店を閉めてたようだけど、忙しかった?」
急いで駆け寄ると目元が弓なりに形を変える
マスク越しでもニコリと微笑んでくれるのがわかった
「ううん、大丈夫。
東京出張から帰ってきたのね」
「ついさっきね。百菓ちゃんが心配で実家に戻る前に来たんだ」
そうしてまた柔らかく微笑むと、癖のない前髪がさらりと揺れた
久し振りに見る笑顔に思わずこちらも口元を緩み返す
「三ヶ月も戻れなかったから、すごく心配だったんだ。僕が付いていたかったんだけど」
「そんな…潤くんは仕事が忙しそうだし、私は何とかやれてるから大丈夫だよ?」
「百菓ちゃんはそうやって一人で抱え込もうとするんだから」
今度は眉尻が下がり気味になると、私の手を掬い取ってぎゅっと力が込められた
穏やかに、でも真っ直ぐと私を見据える瞳になんだか恥ずかしくなる
「同級生なんだし、もっと気軽に頼ってくれていいのに」
「百菓」
背後から突然、声が響く
振り向くと眉間に皺を寄せた乱歩さんがずかずかとこちらへ歩み寄り、私の真横へピタリと止まった
あれ…?
今、名前…初めて呼ばれた…?!