第6章 気付けば彼のことばかり
事務所の鍵を閉め、一階へ降りる。
今度は彼がエラリーの鍵を開けドアを開き、わたしは腰に手を添えられ中へ入るよう促される。
薄暗いエラリーは、なんだか違う店のよう。
彼に誘導されながらカウンターの中に入って、彼が壁にあるスイッチをパチパチと押して、電気が付く。
現れたいつものエラリー。でも誰もいないのが寂しい。
「今更ですが・・・かおりさん、飲食の経験は?」
「学生時代に喫茶店でバイトしてました」
「即戦力じゃないですか!まあかおりさんなら、経験なくても大丈夫そうですけどね」
「でもわたし厨房は入ったことないです」
「料理は僕が作るので大丈夫です」
「それなら・・・あ、」
グーー・・・っと長く盛大に鳴ったお腹の音。彼にも聞こえたはず。
「もしかしてお腹、空いてます?」
「はい・・・仕事してたらお昼食べそびれちゃって」
「作りますよ。カウンター座ってください」
「いえ、もうお客さんじゃないので。手伝います」
「頼もしいですね。では食事の準備をお願いします。かおりさんは・・・」
彼は冷蔵庫から食材を取り出し、料理の準備をしながら手順を教えてくれる。
「はい。安室さんも食べるんですか?」
「僕はもう済んでるので、コーヒーだけ飲んでいこうかな」
「コーヒーメーカーは、あれですね」
「そうです。電源がちょっと解りづらいんですけど、壁側の奥の方で」
壁際に置かれたコーヒーメーカーと壁の間に手を差し入れてスイッチを探る。
コレ?・・・いや違うな。ここ?
「ココです」
「・・・あ、ありがとうございます」
背後に立った安室さんが、後ろから手を差し込んできて、わたしの手をスイッチに導いてくれた。
急に密着した背中と手元に神経が集まる。
「このマシン、イタリア製で味はいいんですけど使いづらいのが難点で」
手を添えられたまま耳元で話されて、身体が固まる。
パチンっとスイッチを入れて、響き出す機械音。
電源は入ったはずだけど、安室さんがどいてくれないので身動きが取れない。
「あの、これでいいんですよね?」
「はい。いいです」
後ろからふわりと抱きしめられる。
「かおりさん、いい匂いがして・・・少しこのままで居させてください」
心地良い・・・と思ってしまう。