第29章 捕われた子猫
腕を引き寄せられ、耳元で零が言う。秀一さんは素知らぬ感じで先にスタスタ工藤邸を出ていこうとしている。
「やっぱり昴さんが赤井だったのか?」
「・・・え?」
「まあいい、明日仕事は?」
「しないかな。宗介さんが帰って来るんなら会いに行きたいし、警察にも詳しく話を聞かせてって言われてて・・・」
「それならかおりさんの事情聴取は僕がする。また明日連絡する」
「わ、分かった・・・じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
小走りで秀一さんの後を追い掛けて、帰路につく。
ちなみにしばらく滞在していたホテルのチェックアウトはまだらしいけど、自宅の方が落ち着くので自宅を目指す。
彼と二人並んでこの道を歩くのは何度目か。でも、“赤井秀一”の姿の彼とこうして歩くのは初めてだ。
多分、“沖矢昴”はわたしに合わせてゆっくり歩いてくれてたんだと思う。だって秀一さんの歩く速度の速いこと!必然的にいつもより歩幅を大きく取り速く歩く。
「ねえ秀一さん・・・聞かれましたよ?降谷零に。昴さんが赤井なのかって」
「だろうな・・・俺はきちんと正体を彼に明かした方が良いと思うか?」
「嘘をつき続けるのは心苦しいですけど・・・明かした所で良い事もない・・・のかな」
「しかも降谷くんはもう米花町に居る必要が無くなる訳だ、これから関わる事も無くなる」
「ですね・・・」
少し胸が痛い。前に零とそんな話をした記憶はある。
あの時は・・・安室透としては会えなくなるけど、降谷零としては会おうと思えば会える、みたいな事を言ってたんだっけ。
認めたくはないけど、零に会えなくなったらわたしは寂しいと思うだろう。でも、秀一さんを裏切るのは辛い。
零とは離れなくちゃいけないって思ってたんだから・・・これは彼と距離を置く良い機会だ。
会うことがなくなれば、こんな浮ついた気持ちもいつか無くなるだろうか。
「お前・・・パスポートはまだだな」
「あはは・・・すみません、まだです」
「俺は近い内一度アメリカに戻る・・・これからの事だが・・・まあ、歩いてする話でもないな。家でゆっくり話そう」
自宅マンションに着き、エレベーターに乗るとたまたま顔見知りの住人と出くわして。いつも通り挨拶しようとしたら、何故かギョッと目を見開かれた。
・・・隣に居るのが昴さんじゃなくて秀一さんだからか。